2012年の中国は、1995年の日本だな
1995年。それは日本にとって特別な年である。
バブル崩壊はもっと前だが、実質の崩壊から多数派が自覚するまでにはタイムラグがあった。
自分は当時まだ高校生だったので、阪神大震災やオウム真理教によるテロの方が印象深かったが、1995年は、日本がそれまで積み上げてきたやり方に限界が突きつけられた、まさにその年であった。
中国の2012年もまた特別な年になるだろうという予感がある・・・いや、もう現実になり始めているか。
いくつかに要点をまとめてみよう。
・バブル崩壊と景気後退の本格化
・政府対応力の低下、あるいは限界
・政府内部の問題増加
・対外関係の行き詰まり
・人件費高騰の終了
他にも挙げられるのだが、自分が特に注目しているのは上の項目。順番に解説してみよう。
・バブル崩壊と景気後退の本格化
これは以前から言っている通り、中国の株バブルは1週目が08年に、2週目も10年に崩壊している。
政府がもたせて(煽って)きた不動産バブルも、市場レベルでは11年後半に完全終了。
12年からは政府の介入もなく、このままずるずると崩れていきそうな様相を呈している。
・政府対応力の低下、あるいは限界
景気後退が見られる中国で、政府による景気対策が待ち望まれているが、その動きは非常に鈍い。
インフレ対策で銀行の自己資本比率を上げて来たが、今はむしろその資本を放出しつつある。
しかし、景気対策と呼べるのはそれくらいで、今のところ大きな政策が打たれる様子は無い。
一つには、ただ資本をばら撒くだけではバブル3週目に繋がるだけという自覚があるからだろう。
また、高速鉄道に見られたように、一気呵成に事業を拡大するとゴミにしかならないという反省もあろう。
そして、そもそも政府は「弾切れ」なのではないかという疑問もある。
都市の再開発計画が途中で放棄されたままになっているという話は、中国の色々な街から聞こえてくるのだ。
無駄な開発をしないのは大事だが、単に事業を進めるだけの資本が無いのかもしれない。
・政府内部の問題増加
言うまでもなく、ここの所の話題を独占している薄熙来のこと。この事件の図式ならともかく、事の詳細は外部の人間にはうかがい知ることができない。しかし、日本のメディアの報道にも間違いが散見される。単に興味本位で書いている記者がいるのだろう。例えば一部では、「太子党&江派」VS「団派」の対立激化と解説していたが、太子党は一枚岩のグループとして存在しているわけではないし、党内部のパワーバランスはもっと複雑に絡み合っている。日本の政治に見られるような綺麗に所属が別れた派閥間抗争というイメージでは無い。
胡錦濤が江沢民に倣い、中央軍事委員会主席の座を明け渡さないことからも、党内部で繰り広げられる権力闘争は単なる世代交代に伴う物ではなく、長く後を引くものになりそうな情勢だ。そして、権力闘争への参加者が増え、強力な指導力を持つ独裁型リーダーが存在しない中国では、内部闘争に関心とリソースの多くが割かれることになるだろう。歴史的な王朝衰退パターンに共産党も陥ろうとしているのだろうか。
・対外関係の行き詰まり
一言で言うと、「中国嫌われ過ぎワロタww」という事なのだが、周辺諸国はすべて対中警戒感を募らせている。本来、中国は東アジアの地域大国として一大勢力を築くつもりだったのだろうが、中国の勢力は全く広がりそうにない。むしろ、伝統的な友好国であったミャンマーですら、中国から距離を置こうとしているようだ。
・人件費高騰の終了
ここ数年、中国の企業を悩ませてきた人件費の高騰は、今年で頭打ちである事がほぼ確定した。理由は簡単である。「これ以上、払う価値が無い」からだ。実際、過去において中国の労働者の賃金は、中国ビジネスの生み出す利益に比して割安であったと言えた。しかし、その時代はすでに終わった。依然として利益を出す事はできるが、能力的にも業務効率的にも今以上の賃金を要求するだけの価値は無い。彼らの賃金は急激に上昇しすぎたのだ。
人件費の高騰には、もう一つ大きな意味がある。それは中国の内需拡大を同時に意味している。そして、人件費が頭打ちという事は、内需が伸びないという帰結に繋がるのである。労働者の人件費高騰はわずかな期間のブームで終わってしまいそうだ。ビックリするほどあっという間だったなw これは新しい流れなので、なぜ、こんな結果になったのか詳しく考えてみる。
2008年頃まで、中国での生産性は大きく向上しており、インフレも進んでいた。それに比較して人件費の伸びは緩やかであった。自分自身も経営者だが、市場経済、営利企業の非常な面と言えようか、確かに過去の中国人の働きは「もっと報われても良かった」と思う。過去においては、「中国で生産し、他国へ輸出する」というビジネスモデルが全盛だったため、中国の内需を育てるという発想は、外国人にも中国人自身にも非常に希薄であった。
情勢が大きく変わったのは世界金融危機以降である。輸出で稼げばいいという時代は終わり、同時にインフレが一気に進み、物価は高騰した。状況の根本的変化を見た中国政府は、労働者の賃金を増やすよう企業に圧力をかけ、労働者を煽った。その結果が現在の賃金相場急騰である。ここまでは単なる過去のレビューに過ぎない。
(たぶん)重要なのはここから。問題は市場原理ではなく、政治主導で行われた人件費上昇だった事だ。
本来、人件費の上昇は生産性の上昇に伴うものでなければならない。
しかし、政府の扇動により煽られた労働者は、少しでも高い賃金を払う企業や工場を転々とするという戦略を取った。元々、中国人労働者にはそういう性質があるが、それが加速したわけだ。そしてその転職は、しばしば前職との繋がりを考慮せずに行われたため、全体のレベルは全く向上しないままに人件費だけが上昇してしまったわけだ。結局、社会全体としてのリソースの使い方があまりにも非効率すぎたのだろう。高付加価値産業が全く育っていないとは言わないが、今後の成長を支えるほどの物では全くない。中国は構造改革に失敗してしまったのだ。
為替レートを低く抑えたことで価格競争力を手に入れた中国企業は、高付加価値製品開発のモチベーションを削がれてきた。その副作用であるインフレはバブルと拝金主義を生んでしまった。そして、調整の暇もない急激すぎる人件費高騰は、もはや中国人雇用の意義を再検討する動きすら生んでいる。やはり政治は経済を操作してはいけないのだ。自然現象と同じく、経済を人為的に操作する事はできない。結局、中国政府の取ってきた政策は長期間で成し遂げるべき発展をわずか10年20年に圧縮しただけにすぎない。期間の短縮は様々な問題点を解決するために必要な時間を奪ってしまった。政府というやつは、どこの国でも余計な事ばかりする。自分は中国社会の在り様をはっきり嫌っているし、中国人一般にも失望しているが、それでも彼らに同情する。共産党が余計な事をしなければ、今の中国が置かれている状況は、ここまで悪くはならなかったはずだ。日本政府にも言える事だが、自分はリバタリアンなので、政府に「役に立ってくれ」とは言わない。
もはや日中両国政府に言うべき言葉は「邪魔をするな!」の一言だけで十分だ。
P.S.
自社は人件費を大きく上げた今年も売上げと利益を伸ばしている・・・しかし、正直なところこの先もこれまでのような戦略で拡大を継続できるとは思わないし、中国での販売はともかく、生産を続行する意味があるのかどうかを問いなおしているレベルだ。少なくともこれ以上人件費を上げるくらいなら、逆にリストラを進める事を選ぶだろう。生産力の拡張が必要なら、ベトナムやタイで拡大するか、あるいは日本国内で生産する事を選ぶ。工場としての中国の役割は完全に終わったと思う(中国での販売分は、今後も中国で作った方がいいのだが)。これは自社だけの話ではなく、多くの企業が同じ事を考えているのだ。この流れを逆転するのはもう無理ではないだろうか。中国、たぶんやっちまったぞ、お前ら。
バブル崩壊はもっと前だが、実質の崩壊から多数派が自覚するまでにはタイムラグがあった。
自分は当時まだ高校生だったので、阪神大震災やオウム真理教によるテロの方が印象深かったが、1995年は、日本がそれまで積み上げてきたやり方に限界が突きつけられた、まさにその年であった。
中国の2012年もまた特別な年になるだろうという予感がある・・・いや、もう現実になり始めているか。
いくつかに要点をまとめてみよう。
・バブル崩壊と景気後退の本格化
・政府対応力の低下、あるいは限界
・政府内部の問題増加
・対外関係の行き詰まり
・人件費高騰の終了
他にも挙げられるのだが、自分が特に注目しているのは上の項目。順番に解説してみよう。
・バブル崩壊と景気後退の本格化
これは以前から言っている通り、中国の株バブルは1週目が08年に、2週目も10年に崩壊している。
政府がもたせて(煽って)きた不動産バブルも、市場レベルでは11年後半に完全終了。
12年からは政府の介入もなく、このままずるずると崩れていきそうな様相を呈している。
・政府対応力の低下、あるいは限界
景気後退が見られる中国で、政府による景気対策が待ち望まれているが、その動きは非常に鈍い。
インフレ対策で銀行の自己資本比率を上げて来たが、今はむしろその資本を放出しつつある。
しかし、景気対策と呼べるのはそれくらいで、今のところ大きな政策が打たれる様子は無い。
一つには、ただ資本をばら撒くだけではバブル3週目に繋がるだけという自覚があるからだろう。
また、高速鉄道に見られたように、一気呵成に事業を拡大するとゴミにしかならないという反省もあろう。
そして、そもそも政府は「弾切れ」なのではないかという疑問もある。
都市の再開発計画が途中で放棄されたままになっているという話は、中国の色々な街から聞こえてくるのだ。
無駄な開発をしないのは大事だが、単に事業を進めるだけの資本が無いのかもしれない。
・政府内部の問題増加
言うまでもなく、ここの所の話題を独占している薄熙来のこと。この事件の図式ならともかく、事の詳細は外部の人間にはうかがい知ることができない。しかし、日本のメディアの報道にも間違いが散見される。単に興味本位で書いている記者がいるのだろう。例えば一部では、「太子党&江派」VS「団派」の対立激化と解説していたが、太子党は一枚岩のグループとして存在しているわけではないし、党内部のパワーバランスはもっと複雑に絡み合っている。日本の政治に見られるような綺麗に所属が別れた派閥間抗争というイメージでは無い。
胡錦濤が江沢民に倣い、中央軍事委員会主席の座を明け渡さないことからも、党内部で繰り広げられる権力闘争は単なる世代交代に伴う物ではなく、長く後を引くものになりそうな情勢だ。そして、権力闘争への参加者が増え、強力な指導力を持つ独裁型リーダーが存在しない中国では、内部闘争に関心とリソースの多くが割かれることになるだろう。歴史的な王朝衰退パターンに共産党も陥ろうとしているのだろうか。
・対外関係の行き詰まり
一言で言うと、「中国嫌われ過ぎワロタww」という事なのだが、周辺諸国はすべて対中警戒感を募らせている。本来、中国は東アジアの地域大国として一大勢力を築くつもりだったのだろうが、中国の勢力は全く広がりそうにない。むしろ、伝統的な友好国であったミャンマーですら、中国から距離を置こうとしているようだ。
・人件費高騰の終了
ここ数年、中国の企業を悩ませてきた人件費の高騰は、今年で頭打ちである事がほぼ確定した。理由は簡単である。「これ以上、払う価値が無い」からだ。実際、過去において中国の労働者の賃金は、中国ビジネスの生み出す利益に比して割安であったと言えた。しかし、その時代はすでに終わった。依然として利益を出す事はできるが、能力的にも業務効率的にも今以上の賃金を要求するだけの価値は無い。彼らの賃金は急激に上昇しすぎたのだ。
人件費の高騰には、もう一つ大きな意味がある。それは中国の内需拡大を同時に意味している。そして、人件費が頭打ちという事は、内需が伸びないという帰結に繋がるのである。労働者の人件費高騰はわずかな期間のブームで終わってしまいそうだ。ビックリするほどあっという間だったなw これは新しい流れなので、なぜ、こんな結果になったのか詳しく考えてみる。
2008年頃まで、中国での生産性は大きく向上しており、インフレも進んでいた。それに比較して人件費の伸びは緩やかであった。自分自身も経営者だが、市場経済、営利企業の非常な面と言えようか、確かに過去の中国人の働きは「もっと報われても良かった」と思う。過去においては、「中国で生産し、他国へ輸出する」というビジネスモデルが全盛だったため、中国の内需を育てるという発想は、外国人にも中国人自身にも非常に希薄であった。
情勢が大きく変わったのは世界金融危機以降である。輸出で稼げばいいという時代は終わり、同時にインフレが一気に進み、物価は高騰した。状況の根本的変化を見た中国政府は、労働者の賃金を増やすよう企業に圧力をかけ、労働者を煽った。その結果が現在の賃金相場急騰である。ここまでは単なる過去のレビューに過ぎない。
(たぶん)重要なのはここから。問題は市場原理ではなく、政治主導で行われた人件費上昇だった事だ。
本来、人件費の上昇は生産性の上昇に伴うものでなければならない。
しかし、政府の扇動により煽られた労働者は、少しでも高い賃金を払う企業や工場を転々とするという戦略を取った。元々、中国人労働者にはそういう性質があるが、それが加速したわけだ。そしてその転職は、しばしば前職との繋がりを考慮せずに行われたため、全体のレベルは全く向上しないままに人件費だけが上昇してしまったわけだ。結局、社会全体としてのリソースの使い方があまりにも非効率すぎたのだろう。高付加価値産業が全く育っていないとは言わないが、今後の成長を支えるほどの物では全くない。中国は構造改革に失敗してしまったのだ。
為替レートを低く抑えたことで価格競争力を手に入れた中国企業は、高付加価値製品開発のモチベーションを削がれてきた。その副作用であるインフレはバブルと拝金主義を生んでしまった。そして、調整の暇もない急激すぎる人件費高騰は、もはや中国人雇用の意義を再検討する動きすら生んでいる。やはり政治は経済を操作してはいけないのだ。自然現象と同じく、経済を人為的に操作する事はできない。結局、中国政府の取ってきた政策は長期間で成し遂げるべき発展をわずか10年20年に圧縮しただけにすぎない。期間の短縮は様々な問題点を解決するために必要な時間を奪ってしまった。政府というやつは、どこの国でも余計な事ばかりする。自分は中国社会の在り様をはっきり嫌っているし、中国人一般にも失望しているが、それでも彼らに同情する。共産党が余計な事をしなければ、今の中国が置かれている状況は、ここまで悪くはならなかったはずだ。日本政府にも言える事だが、自分はリバタリアンなので、政府に「役に立ってくれ」とは言わない。
もはや日中両国政府に言うべき言葉は「邪魔をするな!」の一言だけで十分だ。
P.S.
自社は人件費を大きく上げた今年も売上げと利益を伸ばしている・・・しかし、正直なところこの先もこれまでのような戦略で拡大を継続できるとは思わないし、中国での販売はともかく、生産を続行する意味があるのかどうかを問いなおしているレベルだ。少なくともこれ以上人件費を上げるくらいなら、逆にリストラを進める事を選ぶだろう。生産力の拡張が必要なら、ベトナムやタイで拡大するか、あるいは日本国内で生産する事を選ぶ。工場としての中国の役割は完全に終わったと思う(中国での販売分は、今後も中国で作った方がいいのだが)。これは自社だけの話ではなく、多くの企業が同じ事を考えているのだ。この流れを逆転するのはもう無理ではないだろうか。中国、たぶんやっちまったぞ、お前ら。
親日と反日と
日本人は他国が「親日」か「反日」かという事に非常に敏感になってきていると感じる。
ちょっと気になるのは、「親日」というと、日本を全肯定しているかのように錯覚している人がいる事だ。
また、少しでも批判的な事を言われると余裕なく必死で反論せずにはおれない人もいる。
個人間であれ、国家間であれ、全肯定や全否定の極端な関係というのは、あまりまともな関係ではないと思う。良い事であれ、悪い事であれ、意見や嗜好が合わなくても、そんなに気にする必要があるとは思えない。合意が無くても共存は可能だし、仲が悪くてもそれなりの関係は構築できる。良い事でも悪い事でも説明はするべきだが、その結果理解されなくても、それは別に問題では無いし、へそを曲げる必要もない。
さて、近年、親日国として日本でメジャーな地位を確立することに成功した台湾。
自分が台湾研究を専門でやっていた頃(10年近く前かな)の周囲の関心の低さを思えば、日台関係は民間レベルでは劇的に好転してきており、とても喜ばしく感じる。ただ、一部の「にわか台湾ファン」に物申したい。
台湾が日本を全肯定していると思ったら、それは幻想である。特に歴史問題について、台湾人は日本の台湾統治を全て認めているわけではない。台湾人は是々非々の観点で日本統治時代を見ている。これはまともな視点である。特アや国内の反日サヨク(本来の「左翼」に反自国という意味は含まれていない)によって、口を開けば日本を責めるという異常な歴史観に晒され続けてきた日本人は、肯定的な事「も」言う台湾の歴史観に触れた時、それをおかしな形で理解しようとしている(人がいる)。
これまでの自虐史観と対立する証言やデータが出て来た時に、「特アやサヨクの言ってきた事は全て嘘だった。」(実際、嘘や根拠に乏しい主張が多い事は私も否定しない)と逆ベクトルが急速に伸び、遂には「日本の統治は素晴らしいものだった。」とか「戦前の日本は立派だった。」と、全否定から全肯定へと極端なシフトをしてしまう人がいる。複数の社会が長期に関わり合う歴史は、単に「酷かった」とか「素晴らしかった」とか、そんな単純な言葉で語れる物では無い。
例えば台湾研究に際して、台湾人(老人が多かったが)の話を聞いたり、資料を集めて読み解いたりするわけだが、「(日本統治時代に)日本は差別をしなかった」と証言した台湾人は、文字通り一人もいなかった。むしろ、差別に関しては必ず触れられる「お約束」であった。(進学の際、日本人と台湾人とでは、成績の悪い日本人学生は、成績優秀な台湾人学生よりもはっきりと優位に扱われていた、など。)しかし、彼らの記憶に残ったのは「差別」だけではない。伝染病の予防、清潔になった街、産業の発達、インフラの整備、個人的に仲良くした日本人、なども同じく記憶に残っているのである。良い事ばかりではないし、悪い事ばかりでもない。言ってみれば当たり前なのだが、その当たり前を忘れてはいけない。
韓国は悪い事だけを覚えている。良かった(であろう)事も悪く解釈する。彼らはビョーキである。たぶん治らないし、関わり合うだけ時間の無駄かもしれない。中国にとって歴史とは政治である。事実関係などどうでもいい。ビョーキと言うよりは、文化・伝統として歴史(だけではないが)の事実関係を無視してしまうので、事実関係や科学的検証を重視する現代人には共通の言葉を見つけるのが難しい。「日本全肯定」派の誤りは、韓国や中国、国内の反日サヨクと釣り合いを取ろうとしてしまった事だ。「まとも」でない人と釣り合いを取ろうとすると、まともでは無い所に均衡点が生じてしまう。全否定を相殺するには全肯定を持ち出すしかない。これもビョーキである。ビョーキAをビョーキBで打ち消すべきではない。事実関係に反する歴史を否定するのは良かったが、それに対抗しようとするのは誤りである。
歴史を語ろうとする時に、「ビョーキの人の意見を(肯定でも否定でも)持ち出して語ろうとする」とき、その言説は既に感染しているのだ。例えば「韓国(や反日サヨク)は〇〇だと言うが、本当は・・・」という言い方は、既に感染済みである事を示している。 実際の歴史は、ビョーキや政治の「反対側」に存在するのではなく、ビョーキや政治とは「無関係」の位置に存在する。無関係の位置を指し示すのに、ビョーキの言説を基点にする必要はないはずだ。
台湾がまともなのは、彼らが親日だからではなく、是々非々で対話ができる相手だからだ。
もし嫌な目にあわされても盲目的に親日な国や人々なら、それは「奴隷根性」として蔑まれるべきであって、対等の友人関係など築ける相手では無い。その点でも日本にとって台湾の存在は幸運であった。彼らの存在は、現代的な意味での「歴史」を知る上で貴重なパートナーになってくれるだろう。
今回は「韓国」「中国」「台湾」など、全体を一括りにする表現を多用したが、むろん各国にまともな個人もいれば、イカれた人もいる。何度も書いてきたお約束の断り書きだが、文章のテンポが悪くなるので最後にまとめて断っておく事にする。また、あえて単語はここまで出さなかったが、今回の話はお分かりのように「ネトウヨ」に対して言っているのである。自分もネトウヨ呼ばわりされた事もあれば、逆に売国奴と言われた事もあるので、これらの用語が定義の無い適当なレッテル貼りにすぎない事は承知しているが、重症患者の人は、そろそろ自分たちの状況を自覚した方が良い。あなたたちが忌み嫌っている連中と同タイプの病原菌に感染してしまっていると。
ちょっと気になるのは、「親日」というと、日本を全肯定しているかのように錯覚している人がいる事だ。
また、少しでも批判的な事を言われると余裕なく必死で反論せずにはおれない人もいる。
個人間であれ、国家間であれ、全肯定や全否定の極端な関係というのは、あまりまともな関係ではないと思う。良い事であれ、悪い事であれ、意見や嗜好が合わなくても、そんなに気にする必要があるとは思えない。合意が無くても共存は可能だし、仲が悪くてもそれなりの関係は構築できる。良い事でも悪い事でも説明はするべきだが、その結果理解されなくても、それは別に問題では無いし、へそを曲げる必要もない。
さて、近年、親日国として日本でメジャーな地位を確立することに成功した台湾。
自分が台湾研究を専門でやっていた頃(10年近く前かな)の周囲の関心の低さを思えば、日台関係は民間レベルでは劇的に好転してきており、とても喜ばしく感じる。ただ、一部の「にわか台湾ファン」に物申したい。
台湾が日本を全肯定していると思ったら、それは幻想である。特に歴史問題について、台湾人は日本の台湾統治を全て認めているわけではない。台湾人は是々非々の観点で日本統治時代を見ている。これはまともな視点である。特アや国内の反日サヨク(本来の「左翼」に反自国という意味は含まれていない)によって、口を開けば日本を責めるという異常な歴史観に晒され続けてきた日本人は、肯定的な事「も」言う台湾の歴史観に触れた時、それをおかしな形で理解しようとしている(人がいる)。
これまでの自虐史観と対立する証言やデータが出て来た時に、「特アやサヨクの言ってきた事は全て嘘だった。」(実際、嘘や根拠に乏しい主張が多い事は私も否定しない)と逆ベクトルが急速に伸び、遂には「日本の統治は素晴らしいものだった。」とか「戦前の日本は立派だった。」と、全否定から全肯定へと極端なシフトをしてしまう人がいる。複数の社会が長期に関わり合う歴史は、単に「酷かった」とか「素晴らしかった」とか、そんな単純な言葉で語れる物では無い。
例えば台湾研究に際して、台湾人(老人が多かったが)の話を聞いたり、資料を集めて読み解いたりするわけだが、「(日本統治時代に)日本は差別をしなかった」と証言した台湾人は、文字通り一人もいなかった。むしろ、差別に関しては必ず触れられる「お約束」であった。(進学の際、日本人と台湾人とでは、成績の悪い日本人学生は、成績優秀な台湾人学生よりもはっきりと優位に扱われていた、など。)しかし、彼らの記憶に残ったのは「差別」だけではない。伝染病の予防、清潔になった街、産業の発達、インフラの整備、個人的に仲良くした日本人、なども同じく記憶に残っているのである。良い事ばかりではないし、悪い事ばかりでもない。言ってみれば当たり前なのだが、その当たり前を忘れてはいけない。
韓国は悪い事だけを覚えている。良かった(であろう)事も悪く解釈する。彼らはビョーキである。たぶん治らないし、関わり合うだけ時間の無駄かもしれない。中国にとって歴史とは政治である。事実関係などどうでもいい。ビョーキと言うよりは、文化・伝統として歴史(だけではないが)の事実関係を無視してしまうので、事実関係や科学的検証を重視する現代人には共通の言葉を見つけるのが難しい。「日本全肯定」派の誤りは、韓国や中国、国内の反日サヨクと釣り合いを取ろうとしてしまった事だ。「まとも」でない人と釣り合いを取ろうとすると、まともでは無い所に均衡点が生じてしまう。全否定を相殺するには全肯定を持ち出すしかない。これもビョーキである。ビョーキAをビョーキBで打ち消すべきではない。事実関係に反する歴史を否定するのは良かったが、それに対抗しようとするのは誤りである。
歴史を語ろうとする時に、「ビョーキの人の意見を(肯定でも否定でも)持ち出して語ろうとする」とき、その言説は既に感染しているのだ。例えば「韓国(や反日サヨク)は〇〇だと言うが、本当は・・・」という言い方は、既に感染済みである事を示している。 実際の歴史は、ビョーキや政治の「反対側」に存在するのではなく、ビョーキや政治とは「無関係」の位置に存在する。無関係の位置を指し示すのに、ビョーキの言説を基点にする必要はないはずだ。
台湾がまともなのは、彼らが親日だからではなく、是々非々で対話ができる相手だからだ。
もし嫌な目にあわされても盲目的に親日な国や人々なら、それは「奴隷根性」として蔑まれるべきであって、対等の友人関係など築ける相手では無い。その点でも日本にとって台湾の存在は幸運であった。彼らの存在は、現代的な意味での「歴史」を知る上で貴重なパートナーになってくれるだろう。
今回は「韓国」「中国」「台湾」など、全体を一括りにする表現を多用したが、むろん各国にまともな個人もいれば、イカれた人もいる。何度も書いてきたお約束の断り書きだが、文章のテンポが悪くなるので最後にまとめて断っておく事にする。また、あえて単語はここまで出さなかったが、今回の話はお分かりのように「ネトウヨ」に対して言っているのである。自分もネトウヨ呼ばわりされた事もあれば、逆に売国奴と言われた事もあるので、これらの用語が定義の無い適当なレッテル貼りにすぎない事は承知しているが、重症患者の人は、そろそろ自分たちの状況を自覚した方が良い。あなたたちが忌み嫌っている連中と同タイプの病原菌に感染してしまっていると。
テーマ : それでいいのか日本国民
ジャンル : 政治・経済
起業のやり方
仕事忙しいぜ・・・。久々の更新で。
ザコ企業ではあるが、中国と日本で事実上2回の起業を経験しているので、起業について書いてみよう。
起業はするだけなら誰でもできる。しかし、採算に乗せて持続可能な営利活動を行うのは簡単ではない。
しかし、多くの人が考えるほど難しいわけでもない。特に日本人は起業を大げさに考え過ぎる傾向がある。
1.なぜ起業するのか?
サラリーマンを辞め、サイドビジネスでもなく、あえて起業するのはなぜか?ここがしっかり見えていない人は、起業というリスクを取る必要はない。また、言い古された事ではあるが、「今の仕事が嫌だから」といったネガティブな理由も止めた方がいい。逆境になった時に精神的に保たない可能性が高い。 逆にいえば、起業の理由がはっきり分かっている人は覚悟を決めて実際に動いてみよう。あなたが金持ちでもないなら、自分でドンドン動く事。それが最も必要な能力である。
2.計画と調査
独立する覚悟が決まったら、何のビジネスをするのかを考えよう。
技術を売るのか、サービスか、物を作るのか、あるいはそれ以外の事だろうか。1つ、2つではなく色々な方向性を考えた方がいい。例えば1つの技術を持っているとして、その技術を時間で売るのか、製品にして売るのか、他者をトレーニングするのか、色んな売り方がある。自分は最初に起業する時、50パターン以上のビジネスを考えた。それが調査の過程で次々と淘汰、改良され残った1つが一応うまくいったと言える。街中で色々な会社や店舗、サービスを見たら、開業コスト、維持コスト、必要な売上、予想されるリスクと、そのコントロール方法を考えてみよう。この過程はサラリーマンをやりながらでもできるはずだ。まだ独立するには早い。
3.実際の準備を始める。
2の過程で自分に足りないスキルや必要なリソースが見えてくるはずだ。それは今の職場の中でも手に入れられるモノだろうか。手に入れる方法があるなら問題は無い。ノウハウやリソース、スキルをしっかりいただいておこう。資本も貯めておかなければならない。もし可能なら、独立前からサイドビジネスで実際にオーダーを取ってみてもいいだろう。
この過程で注意しなければならないのは、有用な情報と周囲の雑音を区別する事である。有用な情報は何としても聞いておくべきだが、入ってくる情報のほとんどは単なる雑音に過ぎず、あなたの決意を鈍らせ、足を引っ張るだけだ。無駄な情報に耳を貸してはならない。なぜ起業が必要なのか、すでにあなたは知っているはずだ。
4.資金を調達して開業します。
特殊な資格や審査が必要な物でもなければ開業は簡単だ。法人設立の手続きなど何も難しい事ではないし、何も知らなくても一カ月あれば誰でもできる。事務所や店を借りる。設備を買う。必要なら内装もする。ここで資本が必要になる。節約しよう。売上げや品質に響かない所はガンガン削ろう。色々な業者の見積もりを鵜呑みにしてはいけない。値切ろう。安くならないか代替案を提示しよう。これをサボると、コストで数百万円の差が一気に出る。「今」必要な物を買う。「もうすぐ必要になりそう」な物は買わない。それは無駄遣いだ。確定情報に基づいて動くようにしよう。
資金は貯金が原則だが借りてもいいだろう。でも、できるだけ自腹が多い方がいい。
5.現実を知ります。
実際に開業して、事前の計画通りに事が進む・・・そんな事はあんまりない。別にいいです。生データをドンドン吸収しよう。当初のプランを現実に合わせて修正しよう。注文が来ない。トラブルが発生する。心が折れそうになる事もある。しかし、冷静さを失ってはいけない。その中で自分にできるベストを尽くし続けること。うまくいけば、段々と注文が増えてきたり、品質が安定してきたり、と上昇軌道に乗っていくだろう。「圧倒的じゃないか我が軍はw」とか言いたくなる事もある。「マジでムリゲー・・・死にてえ」と思う事もある。あんまり気にしなくていい。泣いても笑っても状況が変わるわけではない。
たったこれだけだ。楽ではないが決して不可能な事では全然ない。
ダメだったら借金を背負わないうちに休業しよう。せめて何がダメだったのか、その情報だけは確定させておきたい。
6.役に立つもの、役に立たないもの
起業に必要な物はなんだろうか?技術、ノウハウ、お金、コネ、経験。
色々あるが最も有用な物。それは「お金」だ。お金は時間、技術などたいていの物を買う事ができるからだ。
お金がないならフットワークや勉強量でその穴を埋める必要がある。
最も使い出が無い物。それは「コネ」だ。コネにはピンからキリまであるが、単純に数で言うなら90%のコネはゴミ。
極一部に有用なコネがある。それを大事にしよう。コネは無くても作れるので優先順位は高くない。個人的な友人は大切にする事。
もう一つは「心の強さ」である。精神論かよw と思ったかもしれないが、これはまじめな話。
起業した場合、あなたは最高責任者である。周りの全ての人に対して責任を持たなければならない。
自分自身の人生に対しては文字通りの無限責任を負う。野垂れ死にも覚悟すべきだ。その環境で頼れるものは何だろうか?それはあなたの心だけである。支えなど無い。失敗すれば孤独に惨めに死んでいくだろう。失敗した人間からはみんなが離れていく。あなたが親切に助けた人、苦労を共にした人、みんないなくなる。プライドも打ち砕かれる。夢もなくなる。お金もなくなる。そのプレッシャーが無ければ経営はいい加減になる。だからそのプレッシャーは必要なのだ。
そのプレッシャーと戦う唯一の武器である自分の心の強さや弱さを軽視してはいけない。それは決定的な要因である。
7.勘違いと注意点
起業について多くの人たちが様々な勘違いや思い違いをしている。
・(このビジネスは)もうやっている人がいるからダメ
非常に広く普及している「間違った考え方」だ。全然ダメな理由になってない。
同じ技術でも、同じ製品でも、全く同じビジネスでやるわけでは無い。1商品につき、少なくとも30ビジネス以上は展開の可能性があると思っていい。例えばどこにでも転がっている「ハンバーガー」という商品。何パターンのビジネスがあるだろうか?
「規模で攻めるマクドナルド」「対抗ブランドのロッテリア」「健康志向のモスバーガー」「コンビニやスーパーに卸す」「小さなパン屋で売るハンバーガー」「佐世保や横須賀でネイビーを相手にするアメリカ式バーガー」「レストランで出すハンバーガー」
・・・と、ちょっと考えただけでも色々なビジネスがある事が分かる。「ピクルスの専門メーカー」や「ハンバーガー用包装紙」なんかもハンバーガービジネスと言えるかもしれない。「ハンバーガーなんてもう市場にあるから新しいビジネスは無理」などと言えるだろうか?そんな事は無い。これは他のあらゆる商品、サービスについても全く同じように言える事だ。
むしろ、誰も踏み入れていない分野でビジネスを始めるのはかなり難しい。需要があるかどうかすら分からない。また、誰もやっていないというだけでは、すぐに真似をされるかもしれない。
「やっている人がいる(いない)から」「すでに流通している(していない)商品だから」は、起業の是非を判断する決定要因にはならない。
・〇〇の面で負けているからダメ、無理
これも間違い。必要とされる理由、売れる理由はポジティブな面から出てくる。ネガティブな要素、弱点があるからダメという事は無い。致命的な弱点でもない限り、弱点を補うよりは長所を伸ばすべきだ。弱点の無い企業を目指すと大企業がライバルになってしまう。全く新しい市場でもない限り、同じ土俵で争って勝てるわけがない。
・今は不況だから時期が悪い
実は不況だから起業ができないという事は無い。不況になったら生じる需要という物がある。それを発見し提案する能力が起業家には求められる。好況向きのビジネスではなく、不況向きのビジネスをすればいいだけだ。それができないなら無理に起業する必要などない。誰もあなたに起業しなければならないと言っているわけではない。
この三つの考え方から抜け出せない人は、はっきり言ってビジネスに向いていない。
発想の範囲が狭すぎるので、起業を考え直した方がいいかもしれない。
8.中国で起業? 日本で起業?
海外起業を考える人も珍しくない現在。両方で経験した人間として一応の感想を。
中国起業のメリット・・・新規参入が極めて容易。マーケティングが容易。何かと規制が甘い。資本金が安く済む。
日本国内起業のメリット・・・全体的なリスクが低い。人材層が厚い。
中国起業のデメリット・・・あらゆるリスクが高い。不確実な物事に常に悩まされる。
日本国内起業のデメリット・・・新規参入が困難。マーケティングが難しい。
とりあえず、日本で起業→中国で起業というコースよりは、中国で起業→日本で起業の方が順番としては正しいと思う。中国で培った経験は日本でも有用だが、日本での経験はむしろ中国ではマイナスになる可能性すらある(うまくいくはずの簡単な事が、片っ端から破たんしていくから)。この場合の「中国」は、他の国でも当てはまる事があるだろう。なお、今後の中国はマーケティングの容易さ、規制の甘さ、安い資本金というメリットが失われていくだろう。
一言でまとめると、日本での起業は「市場競争」だが、中国での起業は「サバイバル競争」である。
市場で培った能力はサバイバルには使えない事も多いが、サバイバル技術はどこでも有用だという事なのだろう。
ザコ企業ではあるが、中国と日本で事実上2回の起業を経験しているので、起業について書いてみよう。
起業はするだけなら誰でもできる。しかし、採算に乗せて持続可能な営利活動を行うのは簡単ではない。
しかし、多くの人が考えるほど難しいわけでもない。特に日本人は起業を大げさに考え過ぎる傾向がある。
1.なぜ起業するのか?
サラリーマンを辞め、サイドビジネスでもなく、あえて起業するのはなぜか?ここがしっかり見えていない人は、起業というリスクを取る必要はない。また、言い古された事ではあるが、「今の仕事が嫌だから」といったネガティブな理由も止めた方がいい。逆境になった時に精神的に保たない可能性が高い。 逆にいえば、起業の理由がはっきり分かっている人は覚悟を決めて実際に動いてみよう。あなたが金持ちでもないなら、自分でドンドン動く事。それが最も必要な能力である。
2.計画と調査
独立する覚悟が決まったら、何のビジネスをするのかを考えよう。
技術を売るのか、サービスか、物を作るのか、あるいはそれ以外の事だろうか。1つ、2つではなく色々な方向性を考えた方がいい。例えば1つの技術を持っているとして、その技術を時間で売るのか、製品にして売るのか、他者をトレーニングするのか、色んな売り方がある。自分は最初に起業する時、50パターン以上のビジネスを考えた。それが調査の過程で次々と淘汰、改良され残った1つが一応うまくいったと言える。街中で色々な会社や店舗、サービスを見たら、開業コスト、維持コスト、必要な売上、予想されるリスクと、そのコントロール方法を考えてみよう。この過程はサラリーマンをやりながらでもできるはずだ。まだ独立するには早い。
3.実際の準備を始める。
2の過程で自分に足りないスキルや必要なリソースが見えてくるはずだ。それは今の職場の中でも手に入れられるモノだろうか。手に入れる方法があるなら問題は無い。ノウハウやリソース、スキルをしっかりいただいておこう。資本も貯めておかなければならない。もし可能なら、独立前からサイドビジネスで実際にオーダーを取ってみてもいいだろう。
この過程で注意しなければならないのは、有用な情報と周囲の雑音を区別する事である。有用な情報は何としても聞いておくべきだが、入ってくる情報のほとんどは単なる雑音に過ぎず、あなたの決意を鈍らせ、足を引っ張るだけだ。無駄な情報に耳を貸してはならない。なぜ起業が必要なのか、すでにあなたは知っているはずだ。
4.資金を調達して開業します。
特殊な資格や審査が必要な物でもなければ開業は簡単だ。法人設立の手続きなど何も難しい事ではないし、何も知らなくても一カ月あれば誰でもできる。事務所や店を借りる。設備を買う。必要なら内装もする。ここで資本が必要になる。節約しよう。売上げや品質に響かない所はガンガン削ろう。色々な業者の見積もりを鵜呑みにしてはいけない。値切ろう。安くならないか代替案を提示しよう。これをサボると、コストで数百万円の差が一気に出る。「今」必要な物を買う。「もうすぐ必要になりそう」な物は買わない。それは無駄遣いだ。確定情報に基づいて動くようにしよう。
資金は貯金が原則だが借りてもいいだろう。でも、できるだけ自腹が多い方がいい。
5.現実を知ります。
実際に開業して、事前の計画通りに事が進む・・・そんな事はあんまりない。別にいいです。生データをドンドン吸収しよう。当初のプランを現実に合わせて修正しよう。注文が来ない。トラブルが発生する。心が折れそうになる事もある。しかし、冷静さを失ってはいけない。その中で自分にできるベストを尽くし続けること。うまくいけば、段々と注文が増えてきたり、品質が安定してきたり、と上昇軌道に乗っていくだろう。「圧倒的じゃないか我が軍はw」とか言いたくなる事もある。「マジでムリゲー・・・死にてえ」と思う事もある。あんまり気にしなくていい。泣いても笑っても状況が変わるわけではない。
たったこれだけだ。楽ではないが決して不可能な事では全然ない。
ダメだったら借金を背負わないうちに休業しよう。せめて何がダメだったのか、その情報だけは確定させておきたい。
6.役に立つもの、役に立たないもの
起業に必要な物はなんだろうか?技術、ノウハウ、お金、コネ、経験。
色々あるが最も有用な物。それは「お金」だ。お金は時間、技術などたいていの物を買う事ができるからだ。
お金がないならフットワークや勉強量でその穴を埋める必要がある。
最も使い出が無い物。それは「コネ」だ。コネにはピンからキリまであるが、単純に数で言うなら90%のコネはゴミ。
極一部に有用なコネがある。それを大事にしよう。コネは無くても作れるので優先順位は高くない。個人的な友人は大切にする事。
もう一つは「心の強さ」である。精神論かよw と思ったかもしれないが、これはまじめな話。
起業した場合、あなたは最高責任者である。周りの全ての人に対して責任を持たなければならない。
自分自身の人生に対しては文字通りの無限責任を負う。野垂れ死にも覚悟すべきだ。その環境で頼れるものは何だろうか?それはあなたの心だけである。支えなど無い。失敗すれば孤独に惨めに死んでいくだろう。失敗した人間からはみんなが離れていく。あなたが親切に助けた人、苦労を共にした人、みんないなくなる。プライドも打ち砕かれる。夢もなくなる。お金もなくなる。そのプレッシャーが無ければ経営はいい加減になる。だからそのプレッシャーは必要なのだ。
そのプレッシャーと戦う唯一の武器である自分の心の強さや弱さを軽視してはいけない。それは決定的な要因である。
7.勘違いと注意点
起業について多くの人たちが様々な勘違いや思い違いをしている。
・(このビジネスは)もうやっている人がいるからダメ
非常に広く普及している「間違った考え方」だ。全然ダメな理由になってない。
同じ技術でも、同じ製品でも、全く同じビジネスでやるわけでは無い。1商品につき、少なくとも30ビジネス以上は展開の可能性があると思っていい。例えばどこにでも転がっている「ハンバーガー」という商品。何パターンのビジネスがあるだろうか?
「規模で攻めるマクドナルド」「対抗ブランドのロッテリア」「健康志向のモスバーガー」「コンビニやスーパーに卸す」「小さなパン屋で売るハンバーガー」「佐世保や横須賀でネイビーを相手にするアメリカ式バーガー」「レストランで出すハンバーガー」
・・・と、ちょっと考えただけでも色々なビジネスがある事が分かる。「ピクルスの専門メーカー」や「ハンバーガー用包装紙」なんかもハンバーガービジネスと言えるかもしれない。「ハンバーガーなんてもう市場にあるから新しいビジネスは無理」などと言えるだろうか?そんな事は無い。これは他のあらゆる商品、サービスについても全く同じように言える事だ。
むしろ、誰も踏み入れていない分野でビジネスを始めるのはかなり難しい。需要があるかどうかすら分からない。また、誰もやっていないというだけでは、すぐに真似をされるかもしれない。
「やっている人がいる(いない)から」「すでに流通している(していない)商品だから」は、起業の是非を判断する決定要因にはならない。
・〇〇の面で負けているからダメ、無理
これも間違い。必要とされる理由、売れる理由はポジティブな面から出てくる。ネガティブな要素、弱点があるからダメという事は無い。致命的な弱点でもない限り、弱点を補うよりは長所を伸ばすべきだ。弱点の無い企業を目指すと大企業がライバルになってしまう。全く新しい市場でもない限り、同じ土俵で争って勝てるわけがない。
・今は不況だから時期が悪い
実は不況だから起業ができないという事は無い。不況になったら生じる需要という物がある。それを発見し提案する能力が起業家には求められる。好況向きのビジネスではなく、不況向きのビジネスをすればいいだけだ。それができないなら無理に起業する必要などない。誰もあなたに起業しなければならないと言っているわけではない。
この三つの考え方から抜け出せない人は、はっきり言ってビジネスに向いていない。
発想の範囲が狭すぎるので、起業を考え直した方がいいかもしれない。
8.中国で起業? 日本で起業?
海外起業を考える人も珍しくない現在。両方で経験した人間として一応の感想を。
中国起業のメリット・・・新規参入が極めて容易。マーケティングが容易。何かと規制が甘い。資本金が安く済む。
日本国内起業のメリット・・・全体的なリスクが低い。人材層が厚い。
中国起業のデメリット・・・あらゆるリスクが高い。不確実な物事に常に悩まされる。
日本国内起業のデメリット・・・新規参入が困難。マーケティングが難しい。
とりあえず、日本で起業→中国で起業というコースよりは、中国で起業→日本で起業の方が順番としては正しいと思う。中国で培った経験は日本でも有用だが、日本での経験はむしろ中国ではマイナスになる可能性すらある(うまくいくはずの簡単な事が、片っ端から破たんしていくから)。この場合の「中国」は、他の国でも当てはまる事があるだろう。なお、今後の中国はマーケティングの容易さ、規制の甘さ、安い資本金というメリットが失われていくだろう。
一言でまとめると、日本での起業は「市場競争」だが、中国での起業は「サバイバル競争」である。
市場で培った能力はサバイバルには使えない事も多いが、サバイバル技術はどこでも有用だという事なのだろう。
テーマ : それでいいのか日本国民
ジャンル : 政治・経済
中国政府の人民監視網
中国政府最大の脅威。それはアメリカでも日本でも無く、中国人民それ自身である。
中国政府は一貫して人民の「個人情報」を収集、管理する事を重視してきた。
ますます重要になっている中国政府の国内統制。その一端をまとめてみよう。
・人事档案
共産中国建国以来、つい最近まで人民の個人情報を管理してきたツールがこれ。
生まれの情報も入っているし、犯罪歴、政治的に問題ある行動、学校での態度も全て記録されている。
一生付きまとってくる内申書のようなものだと考えればいいだろう。都市住民のみが対象と思われる。
文革の時などはある事ない事が恣意的に書かれ、弾圧やリンチの材料となった。文革終了時に多くの政治的な資料は焼き捨てられたが、制度そのものは残った。
外資を含む企業でも管理されており、中国人にとって、档案に何が書かれているかは人生に大きな影響を与える圧力の一つであった。なお、本人はこの書類を閲覧する事ができないため、どのような記述が自分にマイナスとなっているかすら知ることはできない。(とんでもないデタラメが書かれていて、大きなマイナス査定を受けているかもしれないということ)
また、私自身が直接聞いたケースでは、この档案を管理者が紛失した事例が複数あり、中国らしくいい加減な管理がされていた事がうかがえる。この場合、就職などで不利な扱いを受けるが、私が働いていた企業は外資であったため、あまり問題視する人はいなかった。まあ、内容も適当な事が書かれていたりするのだろうと想像はつく。
最も、ここ数年はこの紙データの重要性は急速に薄れており、次世代型のデジタルな情報管理に移行しつつある。
・デジタル身分証
日本では身分証として使える物(免許証、パスポートなど)はあっても、身分証そのものは(まだ)無い。現在の中国では、デジタルIDカードが全員に付与されており、これが身分証として決定的な重要性を持っている。ここ数年で、紙ベースの档案から、この身分証による管理に置き換わってきている。これは都市住民以外も、ほぼ全員が対象になっているようだ。
具体的にどのように管理されているかというと、長距離電車(都市間の移動)、ホテル、ネットカフェ、大型施設などの利用履歴は、全て記録されている。
これらの情報はすぐに利用されるという事はないが、一度当局に目をつけられると、過去の履歴を徹底的に洗われる材料となる。確認は取れていないが、ネットでの検索履歴や書き込み履歴なども保存されているのではないかと見られている。最近では、中国版ツィッタ―であるweiboも実名登録が必須となり、その書き込みもチェック対象となることが決まった。
中国のBBSは、基本的に身分証番号を伴う登録制であり、2chのような匿名BBSは一般的ではない。
驚異的な規模で行われている身分証の管理も、実務レベルでは結構いい加減であり、身分証番号がダブっているとか、保存データに明らかなエラーがあるといったケースも報告されている。
・VIP待遇(自分が勝手にそう呼んでいるだけで正式な呼び名は無い。)
さて、当局から反体制的な言論などで目を付けられた場合、メール、電話の盗聴も行われるようになる。また、国外へのメール送信が不可能になったりもするため、このVIP待遇を受けるようになると、社会的に孤立するなどの深刻な実害が生じてくる。チベットやウイグルでの弾圧がおこなわれている際、ネット環境がある地域の出来事でも現地情報が流れてこないのは、通信が遮断されるためである。
更に危険視されている場合には、重要なイベントの前に誘拐されて監禁(中国の隠語で「かくれんぼ」と呼ばれる)されたり、秘密裏の裁判で強制収容所に送られる事もある。ここまでのVIPになってしまった場合には、国外とのつながりが文字通りの生命線となる。アメリカなど他国の政治家に懸念を表明してもらえれば獄死を免れる事ができ、釈放後は亡命する事も可能かもしれない。政治家の懸念表明など単なるポーズにすぎないじゃないか、などと一般的には思われているような気もするが、その一言が収容所内の勇気ある1個人の生命を守っている(文字通りの意味で)事もある。逆にいえば、国際的に注目されていないケースでは、収容所から生還できない可能性が大いにある。よって、反体制的な思想を持つ人は、まずはVIP待遇に陥らないよう慎重に活動するべきである。
・上に政策あれば下に対策有り
非常に広範な日常生活にまで張り巡らされたIDカードの監視網。実はすでにこれをくぐり抜ける方法を聞いている。
自分の友人もやっているが、この方法は、まだ政府が取り締まれていない方法なので公開はできない。多少のお金を使う事で、監視網を潜る2つのツールを買うわけだが、政府に監視される事を嫌う人々には非常に便利な道具である。この方法がもっと広範に知られるようになった頃、あるいは政府の取り締まりで使えなくなった頃に、どのような流通ルートで何を手に入れるのか、またその相場や注意点なども公開しようと思う。
中国政府は一貫して人民の「個人情報」を収集、管理する事を重視してきた。
ますます重要になっている中国政府の国内統制。その一端をまとめてみよう。
・人事档案
共産中国建国以来、つい最近まで人民の個人情報を管理してきたツールがこれ。
生まれの情報も入っているし、犯罪歴、政治的に問題ある行動、学校での態度も全て記録されている。
一生付きまとってくる内申書のようなものだと考えればいいだろう。都市住民のみが対象と思われる。
文革の時などはある事ない事が恣意的に書かれ、弾圧やリンチの材料となった。文革終了時に多くの政治的な資料は焼き捨てられたが、制度そのものは残った。
外資を含む企業でも管理されており、中国人にとって、档案に何が書かれているかは人生に大きな影響を与える圧力の一つであった。なお、本人はこの書類を閲覧する事ができないため、どのような記述が自分にマイナスとなっているかすら知ることはできない。(とんでもないデタラメが書かれていて、大きなマイナス査定を受けているかもしれないということ)
また、私自身が直接聞いたケースでは、この档案を管理者が紛失した事例が複数あり、中国らしくいい加減な管理がされていた事がうかがえる。この場合、就職などで不利な扱いを受けるが、私が働いていた企業は外資であったため、あまり問題視する人はいなかった。まあ、内容も適当な事が書かれていたりするのだろうと想像はつく。
最も、ここ数年はこの紙データの重要性は急速に薄れており、次世代型のデジタルな情報管理に移行しつつある。
・デジタル身分証
日本では身分証として使える物(免許証、パスポートなど)はあっても、身分証そのものは(まだ)無い。現在の中国では、デジタルIDカードが全員に付与されており、これが身分証として決定的な重要性を持っている。ここ数年で、紙ベースの档案から、この身分証による管理に置き換わってきている。これは都市住民以外も、ほぼ全員が対象になっているようだ。
具体的にどのように管理されているかというと、長距離電車(都市間の移動)、ホテル、ネットカフェ、大型施設などの利用履歴は、全て記録されている。
これらの情報はすぐに利用されるという事はないが、一度当局に目をつけられると、過去の履歴を徹底的に洗われる材料となる。確認は取れていないが、ネットでの検索履歴や書き込み履歴なども保存されているのではないかと見られている。最近では、中国版ツィッタ―であるweiboも実名登録が必須となり、その書き込みもチェック対象となることが決まった。
中国のBBSは、基本的に身分証番号を伴う登録制であり、2chのような匿名BBSは一般的ではない。
驚異的な規模で行われている身分証の管理も、実務レベルでは結構いい加減であり、身分証番号がダブっているとか、保存データに明らかなエラーがあるといったケースも報告されている。
・VIP待遇(自分が勝手にそう呼んでいるだけで正式な呼び名は無い。)
さて、当局から反体制的な言論などで目を付けられた場合、メール、電話の盗聴も行われるようになる。また、国外へのメール送信が不可能になったりもするため、このVIP待遇を受けるようになると、社会的に孤立するなどの深刻な実害が生じてくる。チベットやウイグルでの弾圧がおこなわれている際、ネット環境がある地域の出来事でも現地情報が流れてこないのは、通信が遮断されるためである。
更に危険視されている場合には、重要なイベントの前に誘拐されて監禁(中国の隠語で「かくれんぼ」と呼ばれる)されたり、秘密裏の裁判で強制収容所に送られる事もある。ここまでのVIPになってしまった場合には、国外とのつながりが文字通りの生命線となる。アメリカなど他国の政治家に懸念を表明してもらえれば獄死を免れる事ができ、釈放後は亡命する事も可能かもしれない。政治家の懸念表明など単なるポーズにすぎないじゃないか、などと一般的には思われているような気もするが、その一言が収容所内の勇気ある1個人の生命を守っている(文字通りの意味で)事もある。逆にいえば、国際的に注目されていないケースでは、収容所から生還できない可能性が大いにある。よって、反体制的な思想を持つ人は、まずはVIP待遇に陥らないよう慎重に活動するべきである。
・上に政策あれば下に対策有り
非常に広範な日常生活にまで張り巡らされたIDカードの監視網。実はすでにこれをくぐり抜ける方法を聞いている。
自分の友人もやっているが、この方法は、まだ政府が取り締まれていない方法なので公開はできない。多少のお金を使う事で、監視網を潜る2つのツールを買うわけだが、政府に監視される事を嫌う人々には非常に便利な道具である。この方法がもっと広範に知られるようになった頃、あるいは政府の取り締まりで使えなくなった頃に、どのような流通ルートで何を手に入れるのか、またその相場や注意点なども公開しようと思う。
2012年の中国
色々と書きたい内容は溜まっているのだが、なかなか時間が取れない。
とりあえず、ここ数年のお約束みたいになっているので、中国の今年1年を考えてみよう。
中国人の感覚では、春節明けの2月に新年を実感する。1月1日はあまり大きな意味を持たない。
さて、今年の見所はやはり権力の移行と、それに伴う社会へのインパクトだ。
トップである党主席、中央軍事委員会主席、国家主席は習近平で確定であろう。
一部では、習は脳無し説も出ているが、自分は習が指導者として無能だとはまだ思っていない。
派閥間の争いをうまく利用するバランス感覚はあるようだし、最高指導者は一個人として仕事ができる必要はない。
(逆に胡錦濤は一個人としては有能だったが、指導者としては疑問が多かったと思う)
一方で、首相については意外と混迷状況にあるらしい。
本命は胡錦濤が推す李克強なのだが、ここにダークホースが1人現れた。彼は王岐山という。まあ、あんまり聞きなれない名前だろうな。何で彼が候補なのかという理由はたった一つ。「金融のプロフェッショナル」なのである。
ここ最近、温家宝はバブル潰しに熱心であり、その反作用として産業界の反発を買っている。中国は不況なのである。それなのに金融引き締めを続けるとは何事か、というわけだ。そこで、「政治家」李克強ではなく、「金融屋」王岐山を推す声が高まっているのだ。
まだ、どちらが首相の座を手にするかは分からない。本人たちにも分かっていない。
しかし、どちらが首相になるかは中国がどのような国家になっていくのかを大きく左右する重大事である。
(この2人以外の第三者という可能性も残っている)
李が首相になり、現政権の和諧社会イデオロギーを受け継ぐなら、中国経済は更に失速するだろう。
しかし、貧富の格差は少し和らぐ可能性がある。中堅民間企業の多くが潰れ、みんな苦しくなるのだ。
中国の勢いは弱まるが、慌ただしくゴミを量産するような社会からは抜け出す事ができるだろう。
うまくいけば高付加価値製品を生産する次世代産業も育つかもしれない。
うまくいかなければ、次世代産業への脱皮に失敗し、長期不況コースとなる。
こちらのルートは正攻法ではある。不況中に質のアップを目指すのは市場経済の基本ルートだ。
王が首相になり金融緩和、景気対策がうたれた場合、中国はバブル3週目wwに突入する可能性がある。
(欧米の不景気から、どうせ実業は不振なので、増えた資本は設備投資ではなく、投機と浪費に回る)
一方で資金繰りに悩む中小民間企業は、かろうじて首をつなぐことができるだろう。
貧富の格差はさらに広がり、高付加価値化転換へのモチベーションを削がれた企業は、再び無駄の多いゴミ製品を作る事に没頭するだろう。宿題を先送りする現実逃避ルートと言えるが、表面上の景気は回復する。
中国の経営者らと話をすると、大体、王岐山推しの声が強い。個々の企業としては、それは当然だろう。
中国人経営者も、質への転換を迫られている事は一応理解しているが、資金供給を断たれては技術開発すらできないと言う。彼らから見れば、温家宝は経済がまるで分かっていない、というわけだ。
中国が経済的に失速しつつある事を背景に激化する権力闘争。
今回の権力闘争は、過去に無い非常に広い層で行われているという特徴がある。
江沢民、胡錦濤がトップに着くのは鄧小平の鶴の一声で決まっていた。しかし、最後のカリスマ指導者 鄧小平が指示したのはそこまでだ。次の体制をどうするのかは、もはや過去の長老が決める事ではなく、現在の実力者たちのせめぎ合いで決まるのだ。言い換えるなら、中国の政治体制は、「寡頭体制(貴族制)」に近づきつつあるのだ。
(数年ごとに政治体制の区分が変わってるような気がするんだがw こんな状態で体制維持できているという事は、共産党は確かに有能ではあるのだ。)
現代の「貴族」とは、国家権力の中枢部にいる者、国営企業、大企業のトップ、地方政府の実力者などだ。
ゴタゴタが続く中国の権力闘争だが、今のところはある程度の節度を保った連中が多数を占めているようだ。
太子党(共産党長老どもの子供で、まさに貴族と言える)の中でも、最もキチガイ度が高かった薄熙来は、部下の汚職によって、あっさりと権力闘争から脱落した。周知の事だが中国の高官は全員が汚職に手を染めているので、汚職で処分されるという事は、権力闘争で葬られたという意味で理解しなければならない。薄熙来が蹴落とされた事は、他の太子党が彼のイカれた(毛沢東万歳)思想を快く思っていない事を意味しており、そういう意味では「キチガイ」ではない連中と言える。
絶対的な権力者がいない体制は暴走し難くなる。しかし、それは同時に強い指導力や徹底性を欠く事を同時に意味しており、中国社会が不安定性を増した時に対応できるのかという疑問も生じる。また、中国では権力移行の制度が確立されておらず、権力闘争がどのような形で行われるかというルールが存在しない。その状態で権力闘争の参加者が増えるのは、果たしてどのような結果を生むのだろうか。偶発的な衝突が増えはしないだろうか?様々な実力者の言う事に耳を傾ける指導者は、軍部を抑えられるだけの指導力を確立できるのだろうか?政策決定過程が複雑になれば、他国から見た中国は更に予測困難な行動パターンを持つようになるのではないだろうか?
毎年毎年、波乱に満ちた1年を送る中国。今年もたくさんのネタを提供してくれそうである。
今回はちょっと話がマニアックすぎたかな。
とりあえず、ここ数年のお約束みたいになっているので、中国の今年1年を考えてみよう。
中国人の感覚では、春節明けの2月に新年を実感する。1月1日はあまり大きな意味を持たない。
さて、今年の見所はやはり権力の移行と、それに伴う社会へのインパクトだ。
トップである党主席、中央軍事委員会主席、国家主席は習近平で確定であろう。
一部では、習は脳無し説も出ているが、自分は習が指導者として無能だとはまだ思っていない。
派閥間の争いをうまく利用するバランス感覚はあるようだし、最高指導者は一個人として仕事ができる必要はない。
(逆に胡錦濤は一個人としては有能だったが、指導者としては疑問が多かったと思う)
一方で、首相については意外と混迷状況にあるらしい。
本命は胡錦濤が推す李克強なのだが、ここにダークホースが1人現れた。彼は王岐山という。まあ、あんまり聞きなれない名前だろうな。何で彼が候補なのかという理由はたった一つ。「金融のプロフェッショナル」なのである。
ここ最近、温家宝はバブル潰しに熱心であり、その反作用として産業界の反発を買っている。中国は不況なのである。それなのに金融引き締めを続けるとは何事か、というわけだ。そこで、「政治家」李克強ではなく、「金融屋」王岐山を推す声が高まっているのだ。
まだ、どちらが首相の座を手にするかは分からない。本人たちにも分かっていない。
しかし、どちらが首相になるかは中国がどのような国家になっていくのかを大きく左右する重大事である。
(この2人以外の第三者という可能性も残っている)
李が首相になり、現政権の和諧社会イデオロギーを受け継ぐなら、中国経済は更に失速するだろう。
しかし、貧富の格差は少し和らぐ可能性がある。中堅民間企業の多くが潰れ、みんな苦しくなるのだ。
中国の勢いは弱まるが、慌ただしくゴミを量産するような社会からは抜け出す事ができるだろう。
うまくいけば高付加価値製品を生産する次世代産業も育つかもしれない。
うまくいかなければ、次世代産業への脱皮に失敗し、長期不況コースとなる。
こちらのルートは正攻法ではある。不況中に質のアップを目指すのは市場経済の基本ルートだ。
王が首相になり金融緩和、景気対策がうたれた場合、中国はバブル3週目wwに突入する可能性がある。
(欧米の不景気から、どうせ実業は不振なので、増えた資本は設備投資ではなく、投機と浪費に回る)
一方で資金繰りに悩む中小民間企業は、かろうじて首をつなぐことができるだろう。
貧富の格差はさらに広がり、高付加価値化転換へのモチベーションを削がれた企業は、再び無駄の多いゴミ製品を作る事に没頭するだろう。宿題を先送りする現実逃避ルートと言えるが、表面上の景気は回復する。
中国の経営者らと話をすると、大体、王岐山推しの声が強い。個々の企業としては、それは当然だろう。
中国人経営者も、質への転換を迫られている事は一応理解しているが、資金供給を断たれては技術開発すらできないと言う。彼らから見れば、温家宝は経済がまるで分かっていない、というわけだ。
中国が経済的に失速しつつある事を背景に激化する権力闘争。
今回の権力闘争は、過去に無い非常に広い層で行われているという特徴がある。
江沢民、胡錦濤がトップに着くのは鄧小平の鶴の一声で決まっていた。しかし、最後のカリスマ指導者 鄧小平が指示したのはそこまでだ。次の体制をどうするのかは、もはや過去の長老が決める事ではなく、現在の実力者たちのせめぎ合いで決まるのだ。言い換えるなら、中国の政治体制は、「寡頭体制(貴族制)」に近づきつつあるのだ。
(数年ごとに政治体制の区分が変わってるような気がするんだがw こんな状態で体制維持できているという事は、共産党は確かに有能ではあるのだ。)
現代の「貴族」とは、国家権力の中枢部にいる者、国営企業、大企業のトップ、地方政府の実力者などだ。
ゴタゴタが続く中国の権力闘争だが、今のところはある程度の節度を保った連中が多数を占めているようだ。
太子党(共産党長老どもの子供で、まさに貴族と言える)の中でも、最もキチガイ度が高かった薄熙来は、部下の汚職によって、あっさりと権力闘争から脱落した。周知の事だが中国の高官は全員が汚職に手を染めているので、汚職で処分されるという事は、権力闘争で葬られたという意味で理解しなければならない。薄熙来が蹴落とされた事は、他の太子党が彼のイカれた(毛沢東万歳)思想を快く思っていない事を意味しており、そういう意味では「キチガイ」ではない連中と言える。
絶対的な権力者がいない体制は暴走し難くなる。しかし、それは同時に強い指導力や徹底性を欠く事を同時に意味しており、中国社会が不安定性を増した時に対応できるのかという疑問も生じる。また、中国では権力移行の制度が確立されておらず、権力闘争がどのような形で行われるかというルールが存在しない。その状態で権力闘争の参加者が増えるのは、果たしてどのような結果を生むのだろうか。偶発的な衝突が増えはしないだろうか?様々な実力者の言う事に耳を傾ける指導者は、軍部を抑えられるだけの指導力を確立できるのだろうか?政策決定過程が複雑になれば、他国から見た中国は更に予測困難な行動パターンを持つようになるのではないだろうか?
毎年毎年、波乱に満ちた1年を送る中国。今年もたくさんのネタを提供してくれそうである。
今回はちょっと話がマニアックすぎたかな。







