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政治を畏れる中国、嗤う香港、争う台湾

数か月ぶりに書きますな。
色んなこと起きてますが、これだけ時間空いてると、どうせ全部はキャッチアップできないので、書店関係者の拉致など香港出版界への弾圧から見る表題のテーマについて。

香港の街角で漁っていた政治関連本を懐かしく思い出しますが、香港での政治の語り口はいわゆる「ゴシップ」なんですね。政策上の合理性とか、外部環境とか、ましてや政治思想で語るよりも、香港人はゴシップによって政治を理解しようとします。「共産党の〇○と××は親が仲良しだったから」とか、はてはスキャンダル記事や暴露本などを好むのです。
いい加減な情報も多いですが、ここのところさんざん弾圧されている「りんご日報」なんかは、時々びっくりするような暴露情報を出してくることがあります。

香港人にとって政治は酒のつまみのごとく興味本位で覗いたり、嗤う対象です。イギリス統治時代から現在まで、香港市民は一貫して政治にかかわる権利を持ちませんでしたから、覗いたり嗤ったりすることで折り合いをつけてきたのかなと思っています。

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 さて、共産党指導部が香港の出版界を弾圧しているのは、究極的にはむろん香港を自分たちの言うなりにするためなのですが、短期的には習近平の短絡的なヒステリーっぽいですな。彼の離婚歴だの母親の言いなりだっただのという点で、自身のイメージに傷を付けられたくなかったのでしょう。習に限らず中国の指導者らは自身を詮索されることを非常に嫌います。江沢民の息子がネット管理の責任者だった時期には、「江沢民」のワード検索が中国ではほとんど機能しなくなりました。

 中国人にとって、権力とはです。嗤うなどとんでもなく、権力者は遠い存在であり、畏敬の念、畏れの念を抱かれてなんぼです。面白おかしく書き立てる香港のスタイルは一番気に食わないだろうと思います。中国では人民が神のごとき権力者、指導者を求めている精神土壌があります。有能であるより、恐ろしい権威を持っていることの方が大事だという伝統、皇帝政治からの遺産といえるでしょう。毛沢東が何千万人も殺しても尊敬されるのはなぜか、祀られる対象にすらなっているのはなぜか、それは中国人にとって権力こそ神だからなのです。リバタリアンにとっては一番嫌悪する文化ですねー。

 中国人が鄧小平以降、権威の低下し続ける共産党に求めているのが、恐ろしい指導者であることをもっともよく看破したのは薄熙来でした。当時、上海にいた私は中国人がそんなものを求めているとはあまり感じなかったのですが、地方都市ではむしろ時代を先取りしていたようで、中国経済が行き詰まり、問題が山積するにつれて、人民を従わせるために畏れが必要になってきているようです。薄熙来はまさに毛沢東のコスプレをすることで時代の要請をうまく汲み取りました。しかし、彼は権力闘争に敗れて退場し、代わって習近平が自身も同じ役割を果たす必要があることに気付いたのです。習近平夫婦を礼賛する歌を流行らせようとしてみたり、官僚を脅しつけてみたり、と下手くそな独裁者役を演じようとしていますが、あまりうまくいっているとは言えない現状は周知のとおりです。

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 総統選を終え、政権再交代を成し遂げた台湾では、政治が深刻な社会的対立を招く材料となります。90年代の民主化以前は、政治は恐怖の対象でした。国民党が白色テロと呼ばれる弾圧を繰り返していたため、台湾(本省)人は政治にかかわることを恐れていました。民主化後、台湾では多くの場合政治は闘争の場です。議会での乱闘(韓国や過去の日本でもよくありました)に限ったものではなく、先年のヒマワリ運動などで火が付いた各種論争(対中関係だけではない)でも、議論というよりは、「敵か味方か」を各人に迫るような論争が活発です。台湾ではかなり以前(つまり311の地震とは関係なく)から、原発の是非が大きな論争の種となってきました。(第4)原発建設の是非をめぐってのレッテル貼りや論争は非常に激しいものです。

・・・しかし、ぶっちゃけた話、私は台湾で原発の是非を問うことに意味があるとは思わないんですね。何せ、わずか数百キロを隔てた台湾海峡の対岸には、中国の原発がいくつもある(一番近い福建省だけで5か所)わけで、台湾島内に原発があろうがなかろうが放射能汚染のリスクは大して変わらないという現実があります(同様に日本も韓国、中国、台湾の原発が風上にあるので、国内だけ止めても大して意味はないという状況)。若い論戦のリーダーたちは、案外そんなこと承知の上で目立とう、政界へ出ようとアピール合戦をしているだけなのかもしれません。

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一応、日本もやっとくか。90年くらいまでは台湾式の争いが盛んだったかなと思います。21世紀に入り民主党が政権を取るまでの期間でいうと、日本人は政治を弄んでいたといえます。民主党政権で痛い目にあって以降は、自民が復活し、野党が崩れっぱなしのために政治を見守っているだけになっています。次にどうなるのか、日本式の政治がどの立ち位置に落ち着くのかはよく分からん状況ですね。中国本土以外、香港と台湾もずっと今のスタイルというわけでもないでしょうが。

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テーマ : 中国
ジャンル : 海外情報

たくさんの爆発について

今更ながら天津はじめ、爆発事故についての簡単なコラムを。
読者も動画で見たことと思うが、天津の爆発規模は戦争で使われる兵器を超えるものであった。
MoB(Mother of Bomb)やデイジーカッターなど、通常兵器では最大級の威力を持つ大型爆弾でも、天津の爆発ほど強力ではない。(Youtubeで見比べてみるとよくわかる) TNT換算20MTは伊達ではなく、しかも化学物質汚染という追加効果付きの強烈な爆発であった。

 まあ、しょせんは単なる事故である。他の工場でも爆発事故が続いているが、夏だからという理由でバスが爆発する(今年はあまり聞かなかったな)国であるから、スペシャルな出来事だとは思わない。まれにみる大爆発も数年前には辺境の甘粛省で、今回同様に半径数100mを破壊しつくす事故が起きている。この時は内陸部であったから報道管制も容易で、数日後にはほとんど続報が出なくなってしまった。今回は天津という大都会であったことから、隠ぺいが不可能であった。

 もっとも、こうした爆発事故が注目を集めるようになると、それに便乗するテロリストが出現する可能性が無視できなくなる。中国では数年前から「報復社会」という反社会テロが盛んである。貧困層が社会に対して恨みを抱き、無差別攻撃を仕掛けるテロだが、人ごみで汚染された針を刺すといった陰険なものから、政府ビルへの爆弾攻撃、幼稚園に侵入して富裕層の子どもを襲う、など様々な形で恨みつらみを爆発させるのだが、化学工場や倉庫への放火、爆弾攻撃は新しい「報復社会」に採用される可能性は否定できない。何せ倉庫や工場は元々セキュリティが甘い場所でもあり、不満を持つ労働者が実際に働いているとところでもあるのだから。

テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

tag : チャイナリスク

中国の経済発展とは何だったのか ①信用の換金

失速の道から逃れられそうもない中国経済。
今後、中国の経済発展についての検証や総括を色々な有識者が行うであろうが、
自分の考えも文章にまとめておこうと思う。

説明するにあたって、「信用」がキーワードとなるので先に触れておく。
日本人は言うまでもなく「信用」を重視する国民である。それも世界でトップクラスに信用に重きを置く性質を持つ。

一方で中国人は「信用」という概念を正確に認識することができない。
意外に思うかもしれないが、中国人は信用という言葉を頻繁に使う。初対面の人間でも「私を信用してください」などと、彼らの商品同様のディスカウント・セールスが展開されている。中国人は、何が信用を傷つけ、何が信用を育てるのかを理解することができない。口先でだませば信用は湧いて出て、傷ついた信用は言い訳を並べればすぐに回復すると思っている。

無論のこと、信用は言葉ではどうにもできない。実績と行動の積み重ねのみが信用の裏付けとなる。

 中国人が信用に対してあまりにも無知であったために、中国経済は信用を使い切ってしまった。信用を使う、信用を使い切るとはどういうことか。「信用」は換金可能なものである。信用がある人はローンを組むことができるし、商談を進めることも容易である。中国人は毒食品をばら撒き、不正を大いに楽しみ、膨大な人口を背景とした潜在力をアピールしては投資家をだまし、政府自身も測定することができない謎に満ちた(GDP成長率など)各種指標を適当に捏造し続けてはマネーを集めてきた。

 こうして信用を換金し続けてきた中国人は、中国製品をまったく信用できなくなった。「爆買い」という現象がなぜ起こっているのか。それは中国製品が信用を使い切ったから、海外製品を買うしかなくなったからである。爆買いは日本製品に対してだけ行われているのではない、中国より信用がある国のものならば、どこでもあり得る。爆買いという海外への消費移転は、中国製品が中国人に対する信用を使い切ったことの表れと理解するのが正しいと考えている。今後、中国製品が内需をけん引することはとても難しいだろう。中国政府や経済界はのんきにも高付加価値工業への改革を訴えているが、これは10年近く前の課題であり、今後はもうあまり意味をなさない。高付加価値製品を作れたところで(作れないがw)、中国製品を信用している人間は、中国人自身を含めて地球上のどの市場にもいなくなったので、売る先がないのである。これが信用の換金を終えたということである。

 あまりに多すぎる不正と詐欺は、中国人同士でもビジネスを進めることを躊躇する要因となり、ましてや海外のビジネスマンにとって、中国とのビジネスが本質的にリスクだらけであることはもはや常識となっている。中国人が儲け話や新しいビジネスプランを持ちかけてきても、話半分程度でも聞こうというお人好しなビジネスマンは少数派になっている。どうせ詐欺話ならばはじめから関わらない方が効率的だからである。コスト面での優位性が失われるや否や、中国投資にうまみはなくなったと認識されたのである。言い方を変えると、海外の投資家は中国人に期待することがないのである。

 金融は、信用の塊である。マネーが情報を基に凄まじいスピードで世界中を駆け巡る仕組みになっている現代では、情報が信用できないということは、無限に等しい投資リスクが存在することを意味する。幸いにして中国の資本市場は海外にはそれほど開かれていないから、こける時も一人でこけてくれる。株式売却の禁止という後先を考えない政策は、中国が金融センターとしてまったく不適格であることを明らかにした。金融面での信用はロクに換金する以前に破綻してしまった。中国の金融戦略のために最も大きなダメージを受けたのは香港である。自由な資本市場が確立されていた香港は、チャイナマネーと北京政府の前に衰退を余儀なくされた。上海が香港に取って代わることもなく、香港はまさに犬死にさせられたのである。

 今回のところは、「信用の換金」が中国の発展の大きな部分を占めていたことを述べておく。
次回はストックのフロー化についてまとめる予定である。



テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

tag : チャイナリスク 中国ビジネス 中国バブル 中国政治 中国社会

共産党第三王朝の行く末

中国が激動の時代に突入しつつある中、その将来像はもうある程度は見えてきた。
次の10年以内に中国はその方向性を大きく変えてくるだろう。

1.経済の停滞と社会不安の激化。
 イノベーションの欠如と政府の公共事業への過度な依存から、中国の経済成長は急激に鈍化している。ハイコスト、ハイリスク、ローリターンという見離されて当然の中国経済は、深刻な経済不安に直面する。iPhoneはじめ組立のアウトソーシングで有名な鴻海は、中国工場のロボット化に加え、インドでの100万人雇用計画を打ち出した。中国人労働者の生活空間は着実に狭まってゆく。
 
 ローコストと豊富な労働力に裏打ちされた過去の経済モデルは、農村からの出稼ぎ労働者によって支えられていた。元々、中国の農村は生産性が低く、過剰な人口を抱えていたから余剰労働力が都市部に出ることは問題なかった。しかし、彼ら流動人口が今や2億数千万という凄まじい数に膨れ上がった挙句、都市への同化策もいまだ本格化してはいない。この状況下で、農民工が仕事を失った場合、流民の群れは中国史ではお約束の反乱勢力となるだろう。中国政府は、単に治安悪化というレベルに留まらない深刻なリスクに対応しなければならない。


2.疑似全体主義体制への体制移行。
 習近平政権が、胡錦濤政権よりも閉鎖的、内向きで、国際社会に馴染まない性質を持つことは発足早々に明らかであった。
 時間が経つにつれ、その傾向はますます顕著となり、国際社会、特に自由主義圏と共通の価値観を持たないことが各国に広く認識されつつある。
 習近平らにとって、偉大な中華文明、それを導く共産党の力を認めない国際社会は潜在的に敵である。力押しでどうにもならない相手は、現政権にとって理解できない相手であり、自分たちへの敵意と対抗心に満ちているに違いないと信じるだろう。また、人権派や民主派のような自由主義圏の価値観を認める中国国内の勢力は、危険な裏切者であり弾圧する必要があると認識しているだろう。習らには新たな価値観を打ち出すことはできないから、力で圧す以外の行動パターンがない。今後、更に抑圧的で全体主義的な社会に変貌してゆくだろう。


3.改革開放路線の放棄。
 今の時点で断定するのはとても厳しいが、実は私は習政権が改革開放路線そのものを放棄するだろうと思っている。
 修士論文を書いていたころを思い出すが、開発独裁体制は経済成長を加速させることで、政治への不満をそらす体制である。
 しかし、政治の問題は解決されるわけではなく、単に先送りされているだけに過ぎないから、経済成長が保証されなくなると反体制運動が復活することになる。それに対して、中国政府は言葉や次の理想を提示することで対話をすることができない。中国政府としては自由な価値観が海外から流れ込み続けることに耐えられないだろう。言論を更に抑圧し、外国人が自由に出入りすることを嫌がるようになるだろう。中国人が自由に海外へと出て知見を広め、自分たちの魅力の無さを知られるのも好まないだろう。
2の疑似全体主義化と同時並行で進むのは、必然的に海外との接触を減らす政策となるはずである。


リアル北斗の拳が成就するとき。
習近平は強権的な独裁政治によって腐敗を打破するという手法をウリにしてきた。自由な金融体制を否定し、株式市場の信用を崩壊させた。損失を出した投資家の訴訟を事前に防ぐために人権派の弁護士を弾圧した。中国政府はこれらの全てを「安定のため」として認識しているだろう。この安定とは、「自分たちの支配体制を維持すること」と同義である。仮にそう思っていなくても、力によってしか統率することができない社会において、最大の力を持っている共産党にはそれ以外の道は取れない。

安定のためといいながら、他者の財産を差し押さえ、批判を許さない、異議の申し立てを認めない権力はすでに腐敗の塊となっているのである。腐敗を断固潰すために、強権を行使することは自己矛盾に満ちている。脳筋の習近平にはそれを理解することはできまい。自己の考え以外を認められないその思考回路は、まさに中国人が共有する中華思想以外の何物でもない。


P.S.
 ちょっと面白いことが起きている。トルコでウイグルの弾圧に反対する反中デモがあったが、これは一部の識者に数年前から予測されていた流れである。ウイグルから中央アジアを経てトルコを結ぶ旧シルクロードには、グレータートルコとでもいうべきつながりがある(トルコは突厥にルーツがあるとも言われている)。ウイグルへの弾圧は中央アジアのトルコつながりを重視し始めているトルコの反発を呼ぶだろうという話があり、しばらくは私も注視していたが、なかなか伝播する様子がないので最近は頭の片隅に追いやっていた。どうやらユーラシアを数年かけて横切り、ついにトルコまで伝わったようである。
 反米に熱心であったイスラム過激派が、中国を本格的に敵と見なし始めるかどうか、再び注意して観察する時期が来たようである。

テーマ : 中国
ジャンル : 海外情報

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信用を失い続ける中国

2008年に続き二度目の株価暴落に直面している中国。早々に記事をアップしたかったのだが、仕事に追われたり、人に会ったり、ねこの耳を掃除したりと、あまりの忙しさで死にかけてた。このブログは速報性を売りにしてはいないので、まあいいやと開き直りつつ、株価の暴落と中国政府のなりふり構わぬ対応が何を意味しているのかを考えてみよう。

1.習近平政権はやはり脳筋。
 いい加減くどいわと思うかもしれないが、この結論については自分の中で完全に疑問がなくなった。習は普通の中国人の成金おっさんとまったく同じメンタリティを持っている。胡錦濤のような知的エリートという側面は皆無である。下落する株価に対して彼が取った政策は、自由な金融システムの完全否定である。売買停止銘柄が全体の半分を超えることを許容し、資本を持つ企業に株を買い支えるよう命令し、空売り規制(というより弾圧)をかける彼は、自由主義経済に改革開放路線に真っ向から歯向かっている。鄧小平のレジームを踏襲する気がなく、共産党第三王朝を打ち立てようとしているという見立ては、やはり間違っていなかったのだ。

2.中国の金融センター化計画は破たんした。
 上海を香港を超える金融センターとするプランは胡錦濤政権のころから推進されていた。資本は情報に対して非常に敏感なセンサーを張ることを必要とする。しかし、それは権威主義体制、独裁国家には本質的に欠けているものであるから、私は実現不可能であると見ていたが、習政権はその予想よりもはるかに抑圧的な体制へと移行しつつある。政府が気に入らないからという理由で売買停止という名の資本凍結がなされるような社会が金融センターになることはあり得ないのである。
 どんな人間が自分の資本を凍結されることを望むというのか。習政権はバブル崩壊を一時的に逃れたようにも見えるが、その代償はまともな(短期的投機でない)資本の中国投資が自殺行為に等しいことを世界中に宣伝してしまったのである。脳筋政府の気まぐれで資本を凍結されるというリスクは、いかなる投資においても正当化することが不可能である。

3.内政の混乱につながるか。
 これはちょっと判断が難しいが、特に地方都市では内政の混乱につながる可能性が十分にあるだろう。中国の投資家は多くのメディアに取り上げられている通り、まったく成熟しておらず素人である。年率60%リターンの元本保証などという詐欺丸出しの企業が、大都市の駅前で通行人をひっかけ、融資の担保は複数の金融機関で重複しており、それを見抜けないほど金融機関の審査能力はずさんである(私は実際にそういう嘘担保で金融機関から大きな融資を受けている人物を複数知っている)。シャドーバンクや高利貸しの暗躍とハイリスクぶりは、昨年、一昨年にも大きく取り上げられてきた。
 さて、では今回の急激な値動きと売買停止措置によって、なぜ内政が混乱するのであろうか。一つには株に突っ込んだ資本が、元々別の負債返済用の資本(あるいは中国では非常に一般的である借金を投資に回しているケース)であった場合、売買停止措置によってキャッシュが完全にショートし、売買が再開された時にはいくらでスタートするのかも分からない株式(株投資の経験がある人は知っているだろうが、売買停止後の再開時には上がるにしろ下がるにしろ、価格は大きく動いたところからスターとすることが多い)だけが名目上、手元にあるだけである。こうした人々は、事実上一時的に取り上げられた資本を目先の支払いのために必要としている。彼らがキャッシュの確保を求めてひと悶着を起こすことは大いにあり得ることだろう。
 もう一つには、信用取引による株式投資で大きな損失を出した投資家(例え株価が戻るとしても、一時的にでも株価が下がれば強制退場をくらう仕組みなので、虎の子を失った投資家は非常に多いはずである)が、自己責任の原則を棚上げし、当局や投資した企業に八つ当たり、責任転嫁、逆恨みする事例は必ず出てくるはずである。特にここ数年は「報復社会」という反社会テロが中国ではブームとなっている。今回の事例は社会に八つ当たりを仕掛ける格好の口実となるだろう。

4.更に活力を失う民間。
 ただでさえイノベーションに欠け、政府の動向ばかりを気にする中国社会が、今回の事件をきっかけに更なる政府依存、反自由主義的風潮に染まることは必至である。ある意味では社会が荒れ活力の衰退が進むため、政府に対抗する力は更に失われると見ることもできよう。より権威主義的で政府の支配が社会を覆う専制国家への道筋が強化されるかもしれない。反社会テロの1000や2000が起きたところで、政府そのものが倒れるわけではないからだ。

5.排外主義の強化。
 こうした状況の中、中国政府が仕掛けてくるプロパガンダ、世論誘導は見え透いている。それは空売りは海外の投機家が仕掛けた経済戦争、金融犯罪と喧伝し、愚民の不満を他国へと転化することだ。すでに一部はそう宣伝されている。ガス抜きのためにアメリカや日本の手先を懲罰するなどと言い、フィリピンあたりに軍事的冒険を試みかねない。中国の愚民は残念ながら、そうした我々にはあまりにも見え透いたプロパガンダに嬉々として便乗するであろうから。
 いずれにしても、改革開放路線は終わりを告げることになるだろう。鄧小平レジームの終焉と自由主義文明への不適応(著書で述べたように、中国文明は自由主義文明に本質的に適応できない)こそは、習近平政権を特徴づけるものとなるだろう。管理人は予言を聞くことも語ることも嫌うが、過去、幾人かの友人には以下のように告げていた。「習近平政権発足後の10年は、過去10年の中国の延長線上にはない。まったく違う路線へ進むことになるだろう」と。なるほど、自分の予測は当たっていた。しかし、現実の変化する速度は、自分の想像よりもずっと急激なものとなりそうである。

一自由主義者としては、中国にはこのまま分かりやすい専制国家という悪役を演じてもらい、自由主義圏の協力と繁栄の糧となってもらいたい。そして、過去に一比較政治学者を志した者としては、専制支配の崩壊と崩壊後の秩序再建を生きている間に観察し、記録に残すことができれば、自分の人生はまさにそのためこにこそあったと確信できるであろう。

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