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中国の戦争力を考える(前半)

有り余る野心を持ち、軍事的にも危険な中国。
日本では「戦争」を論じることが少ないが、危険から目をそむけてはいけない。
現実から目をそらす者は、必ず現実からツケを払わせられるのだ。
ここでは戦争を「軍事力をはじめとする明白かつ直接的な敵対行為による対外活動」と定義しよう。

まずは題名に注目して欲しい。
なぜ「戦争力」などという聞きなれない用語を使ったのか。
なぜなら、戦争は軍事力のみによって行われる物ではないからだ。
周知のように中国は急ピッチで「軍事力」を強化している。
しかし、「戦争を遂行する総合力」は全体としてはいかほどの物なのか。それを考えてみよう。
たぶん、かなり長くなるので前後半に分けることを前提とする。

戦争力とは軍事力はもちろん、政治力、経済力、国民の士気など多くの要素で決定される。
中国の持つ戦争力で、優れていると思われる点を以下で挙げてみよう。

1.命の価値が低いため、兵士、国民の犠牲を度外視する事ができる。
 (中国最大の強み。人的被害は民間人を含めて、どれだけでようが問題ではない。
  それどころか、エリート以外は多く死んだ方が中国の利益となる可能性すらある。
  さらには、他国に対してどれほど残虐な作戦でも平然と行うことができる。)

2.兵器の近代化が進みつつあること。
 (周知のように新兵器の輸入、開発、製造が急速に進んでいる。)

3.独裁国家であることから、政治的意思統一が容易である。
 (なぜ戦争が必要なのか、国民や議会を説得する必要が無い。)

4.独裁権力によるリソース確保が容易である。
 (社会から技術や物資、資金等のリソースを強奪し戦争に投入することができる。)

5.世界各国の産業が集中しているため、多くの国の反対を受けない。
 (表向きは多くの国が反対するだろうが、それ以上の行動に出る国は少ない。)

7.新しい戦略、戦術を積極的に取り入れている。
 (超限戦、サイバー戦争、人工衛星攻撃などの宇宙戦争、新時代の戦争にも対応している。)

逆に劣っていると考えられる戦争力は以下の通り。
1.周辺国に警戒されており、戦力を一方向に集中することができない。
  (インド、東南アジア各国、ロシアなどに備えるため、常に予備戦力を残す必要がある。)

2.全てにおいて管理能力と規律が低い。
  (作戦上の凡ミス、非効率、不徹底、連携不足に常に悩まされる)

3.軍の上層部が無能であり、複雑な大規模作戦を指揮できない。
 (軍上層部はまだまだ古臭い考え方しかできず、近代的で高度な作戦を指揮できない。)

4.運用能力、整備力に欠け、戦力を生かすことができない。
  (メンテナンスや管理能力の欠如から、兵器を万全の状態に保つことができない。
   スペック通りの性能を生かせず、故障する兵器も多い。稼働率は低い。)

5.社会が非常に脆弱である。
  (花火で全焼する高層ビル、脆いインフラ、すぐに倒壊する建築物など社会が脆弱である。
   わずかな攻撃を受けるだけで、大変な被害が生じやすい。)

6.実戦経験の無さから不確実性が高い。
 (アメリカ軍に比べてということだが、兵士、兵器、戦術の多くが実戦を経ておらず、
  実際に使ってみないと問題点や実用性が分からない物事が多い。)


戦争とは、クラウゼヴィッツが述べたように「他の手段による政治の延長」だ。
戦争は「政治的な何か」を達成するために使われる道具である。
戦争によってその目的を達成し、その損害がペイするものであれば戦争は成功。
目的を達成できなかったり、損害が見合わないほど出たら戦争は失敗である。

え?いついかなる場合も戦争など許されないって?
あなたがそういう信念を持つのは自由だ。立派な人道的見解だといえる。
だが、政策決定者はあなたの「許し」など必要としていない。
「現実」は一個人の信念に何の注意も払いはしない。
その信念を他者にも共有させたいなら、それを可能にする力を持つことだ。

戦争についての知識がもっとも欠けている人は、
明確な戦略上の目的も無く、国家が軍事力を正面からぶつけ合い、どちらかが屈服するまで殺しあう。
という非常に単純な戦争をイメージするようだ。
しかし、そんな戦争は現実の世界では稀であるし、誰にとっても意味がない。
戦争は駆け引きの一つであり、単なる軍事力のぶつけ合いではない。
全ての「戦場」で負けたとしても、相手の経済力が疲弊すれば「戦争」には勝つということもあり得る。
逆に日中戦争では、日本軍は戦場では勝ち続けたが、中国を戦争で屈服させる目処は全く立たなかった。
見かけの軍事力の大小など、一国の戦争力を測る上では一つの目安に過ぎない。

今後、中国が関わりそうな戦争のシナリオは、今のところ以下の通り。
1.台湾占領を目指す戦争
2.南シナ海、尖閣諸島など海洋の諸島領有を目指す戦争
3.インド、ロシア、ベトナムなど地続きの国との資源争い、国境紛争
4.北朝鮮防衛(アメリカに渡さない事)のための戦争

また、隠れた戦争として「反乱の鎮圧」など国内向けの戦争も想定されている。
警察力や武装警察など対国内向け軍事力の予算は、正規軍のそれを上回っている。
素人がちょっと暴動を起こしたくらいでは、全く問題にならない戦力が既に用意されている。

中国は1,2の目標を優先している。その証拠として陸軍を削減する一方で、
海軍、空軍の軍事力を強化している。3,4のシナリオは中国から仕掛けたいとは思っていない。
また、中国は長期戦や大規模戦争を仕掛けたいとも思っていない。
短期で一方的に戦線を広げることなく目標を達成したいと考えている。
孫子が言うように「戦わずして勝つ」事ができれば更に望ましいと考えている。
つまり、強大な軍事力を「ハッタリ」として揃えておき、直接砲火を交えずに目標を達成したい。
しかし、同時に戦争は生き物である。当事者の思惑を越えて戦火が広がる事も普通に起こる。

とりあえず、長くなるので前半はここまで。
後半では1,2のシナリオの分析と、中国の軍事力について思うところを書いてみる。


       
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テーマ : 中国
ジャンル : 海外情報

tag : チャイナリスク 中国の戦争 中国の戦略

中華思想の正体

最近、ミクロな話題ばかり扱ってたから、たまには大きな話題でも取り上げてみよか。

中華思想
これを理解できたら中国を理解できたのと同じと言っていい。ある意味、究極のテーマ。
実は過去に二度、中華思想の説明をサイトでやろうとしたことがある。
どっちも途中で失敗した。書き終わった後で見直すと、どうもニュアンスが違う。
上手く伝わらない。というわけで、三度目の正直。そろそろ行ける気がする。

中華思想は一般的にはどうイメージされているだろうか?
・中国の傲慢さ。他国を下に見る視点のこと?
・中国文化を世界の中心と見る視点?

まあ、こんなところかな。
その通り。間違ってはいない。この言い方も正しい。でも足りない。これでは全然足りない。
中華思想とは、中国人の視点の置き方、物の見方そのものを示している。

中国人の視点とは、一言で言うと「同心円かつ主観視点」なのだ。
一個人としてもそうだし、国家でも同じだ。
まず自分(自国)を中心に置く。そして、他者(他国)を距離感に応じて配置していく。
親しい人を近くに置き、関わりに応じてだんだん外側へと配置する。
家族とごくごく親しい人を「内側(家)」と認識し、それ以外を外と認識する。
以上で同心円の配置が終わる。

そして、その配置を常に円の中心から見渡す。中から外を見る。
中から外を見るのは世界中の誰もがやっていることだ。
そもそも、生物の目が物を見るときの視点そのものだからだ。

重要なのは、それ以外の視点が原則として存在しないという事だ。
これは日本人や他国の人間とは全く異なる。
普通はこの視点に加えて、上から全体を見る「俯瞰(客観、メタ)視点」と、
他者の視点に置き換えてみる「他者視点」があるはずだ。

俯瞰視点は、「あれ?もしかして俺が勘違いしてる?」とか、
「お互いに言っていることが噛み合ってない。何でだ?」と事実関係や状況を見直すときに使う。
相手と自分の立場をキャンセルして状況を観察する、ちょっと冷めた視点だと言えるだろう。

他者視点は、人前でけんかになった時など、「ちょっww周りが見てるってww」という恥の感覚を生む。
また、他の人と何かをする時に「困ってないかな?不快に感じてないかな?」と表情を観察させる。
他人の目を恐れる視点であり、隣人が不快になっていないか思いやる視点だ。
おそらく、日本人はこの視点を世界でもっとも頻繁に用いる民族だろう。

普通はこの3つの視点を使い分けることを期待したいところなのだが中国人には無理。
基本的に原始的な主観視点のみしか無いことを前提とした方がよい。
それ以外の視点を発揮してくれたら、「ハイレベル中国人」と認定してよいだろう。

以上で視点を整理したが、これが何を生むのかを挙げてみよう。
俯瞰視点の欠如が生むのは以下の通り。
冷静な論理の欠如、普遍的なルールの不存在、客観的事実の存在が理解できない、状況把握の下手さ、
データの意味を把握できない(自分にとって損か得かという読み方しかできない)、分析の下手さ。

他者視点の欠如が生むのは次の物。
恥の感覚が無い、自分が嫌われていることに気づかない、他者を不快にしていることに気づかない、
他者の気持ちを想像できない、思いやりが無い。

これらのポイントに主観視点を加えると、典型的な中国像が浮かび上がってくる。
・エゴイストである(個人レベルでも、家族レベルでも、国家レベルでも)
・嘘つきである(正確には何が本当の事なのか自分でも分かっていない)
・ルールを守らない(正確には、ルールの意味を把握できない)
・他人(他国)には嫌われやすい(嫌われていることに気づかないし、なぜ嫌われたのかも理解できない)
・押し付けがましい。つまり親切でもある。(主観的な好意の表現に疑問を感じない)
・ちょっと「遠く」のことには無関心。(地理的な遠さ、抽象的なもの、予見できない将来など、
                    目でパッと見て見えないもの全て。)

以上が中華思想というたった一言に込められた意味だ。
もっと噛み砕いて分かりやすく、ユーモアを交えて書くには、まだレベルが足りないが、
内容としては正確に書けたと思う。
お分かりだろうか?エゴイズム、客観性の欠如、ルール無視など、数々の有名な特徴は、
実に「中華思想」の一言から生まれているのである。


ついでに言うと、日本人も俯瞰(メタ、客観)視点が不足している人がしばしばいる。
議論と個人攻撃の区別が付かない人、視野が狭く小さな世界に閉じこもっている主婦や昔の会社(組織)人間、
ムラ社会の風習に拘る人々、いわゆるネトウヨとネトウヨ連呼厨(この二つは全くの同類)などは、
俯瞰視点への切り替えが下手なタイプだと思う。
個人的には、あまり関わり合いたくない人種だ。このタイプと共通の言語を持つことは難しい。
普遍的な主観視点と、非常に強力な他者視点のミックスが、「日本人」を特徴付けているのかもしれない。

俯瞰視点は抽象思考を練習したり、事実関係を冷静に把握する経験がないと身に付かない人工的な視点だ。
世界中の人間にこの視点を身に付けさせる試みは非常に有用だろう。
多くの紛争を解決することができるに違いない。(ナショナリズム系、宗教系、クジラなどの文化摩擦とか)

また、どの国の人間でも日本人ほど他者視点を頻繁には使わないため、
日本人には世界中の人間が「人の気持ちを察しない」ように見えるだろう。
逆に他国から見れば、日本人は意思疎通に長け、場合によってはエスパーのように相手の気持ちを
先読みするようにも見える。(日本語的には「気が利く」の一言で済むが。)

お約束だが、これらには個人差がある。
私は他者視点をあまり使う必要を認めない(仕事上は必要なので使う)人間なので、
「言いたいことがあるなら自由に言ってくればいい。言わないという事は、伝わらなくていいんだろ?」
という態度をしばしば取る。たぶん控えめなタイプの人や、相手に察してもらうことを期待している人には、
付き合いづらい奴と思われているだろう。
これはそう思われるだろうと自覚した上でやっているので自己責任でよいのだ。
人の顔色ばかり伺っていると、自分の自由を自己規制してしまうので、その方が良くないと判断しているのだ。
はっきり言って、他者視点の「乱用」は、自分自身を不幸にするだろう。
そして、私は俯瞰視点を乱用気味なまでに使う。これが「優れた」視点であると個人的に信じているからだ。
そういう日本人もいる。

また、中国人でありながら「恥ずかしさ」をやたらに感じ、他者の顔色を伺う知人もいる。
残念ながら彼女は中国社会では不適応タイプであり、日本社会での方がうまく適応できるかもしれない。
主観ゴリ押しでサバイバルを繰り広げる中国社会では、このタイプは他者の餌食にしかならない。



       

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