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2012年の中国は、1995年の日本だな

1995年。それは日本にとって特別な年である。
バブル崩壊はもっと前だが、実質の崩壊から多数派が自覚するまでにはタイムラグがあった。
自分は当時まだ高校生だったので、阪神大震災やオウム真理教によるテロの方が印象深かったが、1995年は、日本がそれまで積み上げてきたやり方に限界が突きつけられた、まさにその年であった。

中国の2012年もまた特別な年になるだろうという予感がある・・・いや、もう現実になり始めているか。
いくつかに要点をまとめてみよう。
・バブル崩壊と景気後退の本格化
・政府対応力の低下、あるいは限界
・政府内部の問題増加
・対外関係の行き詰まり
・人件費高騰の終了

他にも挙げられるのだが、自分が特に注目しているのは上の項目。順番に解説してみよう。
・バブル崩壊と景気後退の本格化
これは以前から言っている通り、中国の株バブルは1週目が08年に、2週目も10年に崩壊している。
政府がもたせて(煽って)きた不動産バブルも、市場レベルでは11年後半に完全終了。
12年からは政府の介入もなく、このままずるずると崩れていきそうな様相を呈している。

・政府対応力の低下、あるいは限界
景気後退が見られる中国で、政府による景気対策が待ち望まれているが、その動きは非常に鈍い。
インフレ対策で銀行の自己資本比率を上げて来たが、今はむしろその資本を放出しつつある。
しかし、景気対策と呼べるのはそれくらいで、今のところ大きな政策が打たれる様子は無い。
一つには、ただ資本をばら撒くだけではバブル3週目に繋がるだけという自覚があるからだろう。
また、高速鉄道に見られたように、一気呵成に事業を拡大するとゴミにしかならないという反省もあろう。
そして、そもそも政府は「弾切れ」なのではないかという疑問もある。
都市の再開発計画が途中で放棄されたままになっているという話は、中国の色々な街から聞こえてくるのだ。
無駄な開発をしないのは大事だが、単に事業を進めるだけの資本が無いのかもしれない。

・政府内部の問題増加
言うまでもなく、ここの所の話題を独占している薄熙来のこと。この事件の図式ならともかく、事の詳細は外部の人間にはうかがい知ることができない。しかし、日本のメディアの報道にも間違いが散見される。単に興味本位で書いている記者がいるのだろう。例えば一部では、「太子党&江派」VS「団派」の対立激化と解説していたが、太子党は一枚岩のグループとして存在しているわけではないし、党内部のパワーバランスはもっと複雑に絡み合っている。日本の政治に見られるような綺麗に所属が別れた派閥間抗争というイメージでは無い。
 胡錦濤が江沢民に倣い、中央軍事委員会主席の座を明け渡さないことからも、党内部で繰り広げられる権力闘争は単なる世代交代に伴う物ではなく、長く後を引くものになりそうな情勢だ。そして、権力闘争への参加者が増え、強力な指導力を持つ独裁型リーダーが存在しない中国では、内部闘争に関心とリソースの多くが割かれることになるだろう。歴史的な王朝衰退パターンに共産党も陥ろうとしているのだろうか。

・対外関係の行き詰まり
一言で言うと、「中国嫌われ過ぎワロタww」という事なのだが、周辺諸国はすべて対中警戒感を募らせている。本来、中国は東アジアの地域大国として一大勢力を築くつもりだったのだろうが、中国の勢力は全く広がりそうにない。むしろ、伝統的な友好国であったミャンマーですら、中国から距離を置こうとしているようだ。

・人件費高騰の終了
ここ数年、中国の企業を悩ませてきた人件費の高騰は、今年で頭打ちである事がほぼ確定した。理由は簡単である。「これ以上、払う価値が無い」からだ。実際、過去において中国の労働者の賃金は、中国ビジネスの生み出す利益に比して割安であったと言えた。しかし、その時代はすでに終わった。依然として利益を出す事はできるが、能力的にも業務効率的にも今以上の賃金を要求するだけの価値は無い。彼らの賃金は急激に上昇しすぎたのだ。
人件費の高騰には、もう一つ大きな意味がある。それは中国の内需拡大を同時に意味している。そして、人件費が頭打ちという事は、内需が伸びないという帰結に繋がるのである。労働者の人件費高騰はわずかな期間のブームで終わってしまいそうだ。ビックリするほどあっという間だったなw これは新しい流れなので、なぜ、こんな結果になったのか詳しく考えてみる。

2008年頃まで、中国での生産性は大きく向上しており、インフレも進んでいた。それに比較して人件費の伸びは緩やかであった。自分自身も経営者だが、市場経済、営利企業の非常な面と言えようか、確かに過去の中国人の働きは「もっと報われても良かった」と思う。過去においては、「中国で生産し、他国へ輸出する」というビジネスモデルが全盛だったため、中国の内需を育てるという発想は、外国人にも中国人自身にも非常に希薄であった。
情勢が大きく変わったのは世界金融危機以降である。輸出で稼げばいいという時代は終わり、同時にインフレが一気に進み、物価は高騰した。状況の根本的変化を見た中国政府は、労働者の賃金を増やすよう企業に圧力をかけ、労働者を煽った。その結果が現在の賃金相場急騰である。ここまでは単なる過去のレビューに過ぎない。

(たぶん)重要なのはここから。問題は市場原理ではなく、政治主導で行われた人件費上昇だった事だ。
本来、人件費の上昇は生産性の上昇に伴うものでなければならない
しかし、政府の扇動により煽られた労働者は、少しでも高い賃金を払う企業や工場を転々とするという戦略を取った。元々、中国人労働者にはそういう性質があるが、それが加速したわけだ。そしてその転職は、しばしば前職との繋がりを考慮せずに行われたため、全体のレベルは全く向上しないままに人件費だけが上昇してしまったわけだ。結局、社会全体としてのリソースの使い方があまりにも非効率すぎたのだろう。高付加価値産業が全く育っていないとは言わないが、今後の成長を支えるほどの物では全くない。中国は構造改革に失敗してしまったのだ。
 為替レートを低く抑えたことで価格競争力を手に入れた中国企業は、高付加価値製品開発のモチベーションを削がれてきた。その副作用であるインフレはバブルと拝金主義を生んでしまった。そして、調整の暇もない急激すぎる人件費高騰は、もはや中国人雇用の意義を再検討する動きすら生んでいる。やはり政治は経済を操作してはいけないのだ。自然現象と同じく、経済を人為的に操作する事はできない。結局、中国政府の取ってきた政策は長期間で成し遂げるべき発展をわずか10年20年に圧縮しただけにすぎない。期間の短縮は様々な問題点を解決するために必要な時間を奪ってしまった。政府というやつは、どこの国でも余計な事ばかりする。自分は中国社会の在り様をはっきり嫌っているし、中国人一般にも失望しているが、それでも彼らに同情する。共産党が余計な事をしなければ、今の中国が置かれている状況は、ここまで悪くはならなかったはずだ。日本政府にも言える事だが、自分はリバタリアンなので、政府に「役に立ってくれ」とは言わない。
もはや日中両国政府に言うべき言葉は「邪魔をするな!」の一言だけで十分だ。

P.S.
自社は人件費を大きく上げた今年も売上げと利益を伸ばしている・・・しかし、正直なところこの先もこれまでのような戦略で拡大を継続できるとは思わないし、中国での販売はともかく、生産を続行する意味があるのかどうかを問いなおしているレベルだ。少なくともこれ以上人件費を上げるくらいなら、逆にリストラを進める事を選ぶだろう。生産力の拡張が必要なら、ベトナムやタイで拡大するか、あるいは日本国内で生産する事を選ぶ。工場としての中国の役割は完全に終わったと思う(中国での販売分は、今後も中国で作った方がいいのだが)。これは自社だけの話ではなく、多くの企業が同じ事を考えているのだ。この流れを逆転するのはもう無理ではないだろうか。中国、たぶんやっちまったぞ、お前ら。



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親日と反日と

日本人は他国が「親日」か「反日」かという事に非常に敏感になってきていると感じる。
ちょっと気になるのは、「親日」というと、日本を全肯定しているかのように錯覚している人がいる事だ。
また、少しでも批判的な事を言われると余裕なく必死で反論せずにはおれない人もいる。
個人間であれ、国家間であれ、全肯定や全否定の極端な関係というのは、あまりまともな関係ではないと思う。良い事であれ、悪い事であれ、意見や嗜好が合わなくても、そんなに気にする必要があるとは思えない。合意が無くても共存は可能だし、仲が悪くてもそれなりの関係は構築できる。良い事でも悪い事でも説明はするべきだが、その結果理解されなくても、それは別に問題では無いし、へそを曲げる必要もない。

 さて、近年、親日国として日本でメジャーな地位を確立することに成功した台湾。
自分が台湾研究を専門でやっていた頃(10年近く前かな)の周囲の関心の低さを思えば、日台関係は民間レベルでは劇的に好転してきており、とても喜ばしく感じる。ただ、一部の「にわか台湾ファン」に物申したい。
台湾が日本を全肯定していると思ったら、それは幻想である。特に歴史問題について、台湾人は日本の台湾統治を全て認めているわけではない。台湾人は是々非々の観点で日本統治時代を見ている。これはまともな視点である。特アや国内の反日サヨク(本来の「左翼」に反自国という意味は含まれていない)によって、口を開けば日本を責めるという異常な歴史観に晒され続けてきた日本人は、肯定的な事「も」言う台湾の歴史観に触れた時、それをおかしな形で理解しようとしている(人がいる)。

 これまでの自虐史観と対立する証言やデータが出て来た時に、「特アやサヨクの言ってきた事は全て嘘だった。」(実際、嘘や根拠に乏しい主張が多い事は私も否定しない)と逆ベクトルが急速に伸び、遂には「日本の統治は素晴らしいものだった。」とか「戦前の日本は立派だった。」と、全否定から全肯定へと極端なシフトをしてしまう人がいる。複数の社会が長期に関わり合う歴史は、単に「酷かった」とか「素晴らしかった」とか、そんな単純な言葉で語れる物では無い。

 例えば台湾研究に際して、台湾人(老人が多かったが)の話を聞いたり、資料を集めて読み解いたりするわけだが、「(日本統治時代に)日本は差別をしなかった」と証言した台湾人は、文字通り一人もいなかった。むしろ、差別に関しては必ず触れられる「お約束」であった。(進学の際、日本人と台湾人とでは、成績の悪い日本人学生は、成績優秀な台湾人学生よりもはっきりと優位に扱われていた、など。)しかし、彼らの記憶に残ったのは「差別」だけではない。伝染病の予防、清潔になった街、産業の発達、インフラの整備、個人的に仲良くした日本人、なども同じく記憶に残っているのである。良い事ばかりではないし、悪い事ばかりでもない。言ってみれば当たり前なのだが、その当たり前を忘れてはいけない。

 韓国は悪い事だけを覚えている。良かった(であろう)事も悪く解釈する。彼らはビョーキである。たぶん治らないし、関わり合うだけ時間の無駄かもしれない。中国にとって歴史とは政治である。事実関係などどうでもいい。ビョーキと言うよりは、文化・伝統として歴史(だけではないが)の事実関係を無視してしまうので、事実関係や科学的検証を重視する現代人には共通の言葉を見つけるのが難しい。「日本全肯定」派の誤りは、韓国や中国、国内の反日サヨクと釣り合いを取ろうとしてしまった事だ。「まとも」でない人と釣り合いを取ろうとすると、まともでは無い所に均衡点が生じてしまう。全否定を相殺するには全肯定を持ち出すしかない。これもビョーキである。ビョーキAをビョーキBで打ち消すべきではない。事実関係に反する歴史を否定するのは良かったが、それに対抗しようとするのは誤りである。
 歴史を語ろうとする時に、「ビョーキの人の意見を(肯定でも否定でも)持ち出して語ろうとする」とき、その言説は既に感染しているのだ。例えば「韓国(や反日サヨク)は〇〇だと言うが、本当は・・・」という言い方は、既に感染済みである事を示している。 実際の歴史は、ビョーキや政治の「反対側」に存在するのではなく、ビョーキや政治とは「無関係」の位置に存在する。無関係の位置を指し示すのに、ビョーキの言説を基点にする必要はないはずだ。

 台湾がまともなのは、彼らが親日だからではなく、是々非々で対話ができる相手だからだ。
もし嫌な目にあわされても盲目的に親日な国や人々なら、それは「奴隷根性」として蔑まれるべきであって、対等の友人関係など築ける相手では無い。その点でも日本にとって台湾の存在は幸運であった。彼らの存在は、現代的な意味での「歴史」を知る上で貴重なパートナーになってくれるだろう。

 今回は「韓国」「中国」「台湾」など、全体を一括りにする表現を多用したが、むろん各国にまともな個人もいれば、イカれた人もいる。何度も書いてきたお約束の断り書きだが、文章のテンポが悪くなるので最後にまとめて断っておく事にする。また、あえて単語はここまで出さなかったが、今回の話はお分かりのように「ネトウヨ」に対して言っているのである。自分もネトウヨ呼ばわりされた事もあれば、逆に売国奴と言われた事もあるので、これらの用語が定義の無い適当なレッテル貼りにすぎない事は承知しているが、重症患者の人は、そろそろ自分たちの状況を自覚した方が良い。あなたたちが忌み嫌っている連中と同タイプの病原菌に感染してしまっていると。




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