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民主制と政治を考える

 民主主義とは何か。民主国家に住んでいる日本人でも、これをきちんと説明できる人は少ない。
また、民主主義はさまざまな方法で理解されているため、単一の定義に統一することは政治学の専門家ですら不可能という現状がある。今回は議論が広がりすぎる民主「主義」ではなく、端的に民主「制」について整理してみよう(それすらも単一の形態に統一されていないのだが)。

 民主制とは近代的な制度、仕組みである。その要件には、1.投票の権利、2.被選挙権、3.自由かつ公正な選挙、4.結社の自由、5.言論、表現の自由、6.法治主義、などが挙げられる。これら諸条件下で、国民・人民による政治活動が繰り広げられ、それぞれの社会や国に特有の政治形態が現れてくるのだ。

 以前の日本では、55年体制の名でよく知られているように自民党の一党優位体制が特徴的であった。自民党は優越的な地位にあったが、その後半ではしばしば他党と連立を組んでいたため、後半では「一党優位体制のコンセンサス型」に分類される。衆参両院で単一の政党が法案を可決でき、連立を組まずに多数決を制することができた状況は「一党優位体制の多数決型」と分類される(1955-1983年まで)。ちなみにコンセンサス型の政治運営が行われている社会は、統計的に多数決型(単一政党が数でゴリ押し型)の社会よりも、社会的暴力の発生率が低いという各国のデータが経験的に得られていることを付け加えておく(連立の過程でマイノリティの要望が、ある程度政治に反映されているためではないかと考えられている)。

 まれに自民党時代の日本も一党独裁だったとか、民主党の政権交代で真の民主主義が達成されたと述べている人もいるが、上記のとおり民主制の一類型に分類されているので学術的には間違いである。また、衆参で議席の配分が逆転している状態を「ねじれ国会」と非難がましく呼ぶこともあるが、法案成立のスピードが落ちたり、法案への反対勢力がいるからといって、民主制としては何も問題ではない(民主党みたいに、ただの嫌がらせで妨害でもしない限りは)。また、一部の論者が日本を二大政党制(英米型)に持って行きたがっているが、二大政党制の優越「仮説」は、ぶっちゃけた言い方をすると「古い理論」であり、A・レイプハルトの研究以降は自明のこととは見なされていない。

 少し引いたところから見ていくと、日本の政治分類は長い移行期にあるとも言えるだろう。「一党優位体制の多数決型」が自民の分裂によって「一党優位体制のコンセンサス型」となり、民主党が急速に解体されつつある現在、次の選挙で自民が大きな支持を集められなかった場合(この可能性は高いと思う)、いくつかの有力政党が議席を分け合う「多党制」へと移行する可能性がある。

 では、なぜ政党が増えていくのか。政党とはそもそも何なのか。複数政党制は、社会がいくつかの集団や利害関係に分裂していることを前提としている制度だ。この分裂は「社会的亀裂(social cleavage)」と呼ばれている。これら分裂した諸集団が直接殴り合いをする代わりに、それぞれの代表を議会に送り出してその議席数を競う。これが複数政党制の本来の狙いだ。「国民総中流」「単一民族」といった観念が広く日本社会に受け入れられていた頃、「国民政党」とでも言うべきだった自民党が一党優位体制を築いていた事は、ある意味では自然な帰結であったのかもしれない。現在の日本社会に「国民総中流」という発想はないし、意見や価値観の多様化も進んでおり、「社会的亀裂」が発生しているのである。これは本来の民主制が想定していた社会に近づいているとも言える。念の為に言っておくと、この事は良いとか悪いとかいう価値観の話ではない。複数政党を認める民主制は、そうした社会的亀裂が存在する社会を安定的に運営するために設計された仕組みだという、ただそれだけの話である。

 また、意見や利害が多様化している現状で「一党優位体制の多数決型(これがいわゆる「妥協無き改革」などを行える強い政府、実行力のある政府)」の体制を作った場合、一部の利害のために数でゴリ押しする体制が生まれ、それ以外の人々には抑圧的な政府となってしまう可能性がある。自分が特定政党の「勝ちすぎ」に警鐘を鳴らすのはこれが理由である。


 さて、中国では中国共産党による一党独裁体制が敷かれている。実は少数政党がごくごく一部に認められているのだが、議会に飾りとして置かれている彼らが何らかの役割を果たしたことはなく、今後もその可能性はない。中国で民主制を敷くとしたら、どのようなモデルが適切だろうか。ここからは単なる妄想に過ぎないがちょっと想像してみよう。
 まず、中国には非常に大きな社会的亀裂がある。チベットなどの「少数民族政党」。農村住民の利益を訴える「農民政党」と対をなす「市民政党」。地域的なアイデンティティが強い「広東政党」など。そして共産党や成金など支配者を代表する「貴族政党」。信仰の自由が認められれば「法輪功党」。などなど・・・どうやら、多党制であることを前提にした方が良さそうだ。
 これらが議席を分けあって利害関係に応じた連立政権を組むのだろうが、・・・ナショナリズムはともかく、税制、福祉、経済政策などでは利害が対立しすぎて落としどころが無さそうだ。ということは、中央政府が一元的に物事を決められない事が目に見えているから、地方に権限を移譲する連邦制が良さそうだ。やっぱり中国はEU的なゆるい連合国家みたいな感じの方が、中央集権の独裁国家よりもうまくいくと思うんだがなー(たまに地域対立で戦争にはなるだろうけど)。


    
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