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中国の経済発展とは何だったのか ②ストックのフロー化、政治から市場へ

中国人がこの20年間追い求めてきたのは金銭、マネーである。
金銭の多さが豊かさの指標というのは、基本的には正しい。しかし、唯一の指標というわけではない。
②はマネーではなかったものがマネーに変わったことを挙げよう。

ストックのフロー化
自然環境、天然資源、生活環境も、「豊かさ」を構成する代表的な要素である。
飲料水、食物を育てやすい土壌、木材、エネルギーが高密度で貯蔵されている石炭、鉱石、社会の安全や秩序といったものは、金額に換算することは可能であるが、金銭の姿をしていない豊かさ、あるいは潜在的豊かさを構成する要素である。

 中国は森林をはげ山にするまで伐採し、レアアースを乱開発し、地下水を使い果たし、近海の魚類は獲りつくした。これらはストックのフロー化、マネー化の典型であろう。これらをフローに変えていけないわけではないが、中国人には長期的視野や持続的利用という観点が欠落しているから、これらストックは寄ってたかって略奪され枯渇してしまったり、市場価値を失ったりしている。


政治から市場へ
 特にマネーの増大に効果が大であったのは、国有であったために眠ったストックに過ぎなかった土地の使用権、開発権取引である。共産主義時代に民間から略奪してきた土地はまったく効率的には使用されてこなかったから、これまでフロー化が政治のために阻まれてきた最大の財産が、ディベロッパーの手にゆだねることでフローに変わり、中国のフロー、マネーを大きく伸ばしてきたのである。そのマネーを受け取ったのは地方政府の上層部であり、ディベロッパーであり、その貸付金を調達する銀行である。この3者は上層部が個人的協力関係にあることが一般的であるから、結局はいなか権力者たちの懐を張り裂けんばかりに膨らませる使われ方をした。

 元々、政治の領域としてマネーでやり取りされていなかったものが、マネーでやり取りされるようになったものは他にもある。共産主義体制やファイズムなど全体主義の下では、窓に鉄格子をつけたり、プライベートなガードマンを雇うことはない。いかなる理由においてであれ、セキュリティコストというものがプライベートな領域に存在しないのである(あまり必要もないし、政治的には自殺行為でもある)。セキュリティ市場というものは政治の抑圧が消えて初めて現れるものである。
 
 娯楽産業や産業としての宗教も抑圧的な政治体制下では沈黙を強いられる。全体主義的な体制は、国民を統制するため強い緊張下に置いておきたいがために、ストレスを発散する娯楽や精神的救いを供給する宗教を制限する。特に娯楽は上層部の特権としてのみ存在するのである。娯楽産業が市場化されると大変な規模のマネーを生むことは、わざわざ説明する必要もないだろう。

 生み出された価値によるマネーの増大ではなく、元々、周辺環境や社会にストックされていたり、政治的にフロー化が規制されていたものが、フロー化、マネー化されてきたものが多々ある。中国の場合は全体主義体制から、市場経済へと移行してきたために前近代から近代へと発展したことに加え、政治から経済への変化が起きていたことも考慮に入れなければならないだろう。

次回か次々回で中国経済の発展パターンを図にまとめられるような気がしているので、そこで一段落といえるだろう。

 今月に入ってからも習近平の暴走っぷりが、ますます受け狙いに走っていますな。
もはや中国は経済の時代から、政治の時代へと変わってしまったことを確信する状況になりましたが、中国の金融センター化計画がとん挫したのに続き、人民元の国際通貨化も実現が困難な状況です。一時は国際通貨を飛び越えて、基軸通貨へという妄想を全開にしていたのに見る影もありません。
 習王朝が新たな全体主義体制の構築に成功し、暗黒時代が中国に訪れるのか!? はたまた裸の王様が暗殺されたり、過剰な粛清に対する反乱が起きて大混乱の時代となるか!? どちらにしてもポスト改革開放時代の姿を見ることができそうですね。

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テーマ : 中国
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中国の経済発展とは何だったのか ①信用の換金

失速の道から逃れられそうもない中国経済。
今後、中国の経済発展についての検証や総括を色々な有識者が行うであろうが、
自分の考えも文章にまとめておこうと思う。

説明するにあたって、「信用」がキーワードとなるので先に触れておく。
日本人は言うまでもなく「信用」を重視する国民である。それも世界でトップクラスに信用に重きを置く性質を持つ。

一方で中国人は「信用」という概念を正確に認識することができない。
意外に思うかもしれないが、中国人は信用という言葉を頻繁に使う。初対面の人間でも「私を信用してください」などと、彼らの商品同様のディスカウント・セールスが展開されている。中国人は、何が信用を傷つけ、何が信用を育てるのかを理解することができない。口先でだませば信用は湧いて出て、傷ついた信用は言い訳を並べればすぐに回復すると思っている。

無論のこと、信用は言葉ではどうにもできない。実績と行動の積み重ねのみが信用の裏付けとなる。

 中国人が信用に対してあまりにも無知であったために、中国経済は信用を使い切ってしまった。信用を使う、信用を使い切るとはどういうことか。「信用」は換金可能なものである。信用がある人はローンを組むことができるし、商談を進めることも容易である。中国人は毒食品をばら撒き、不正を大いに楽しみ、膨大な人口を背景とした潜在力をアピールしては投資家をだまし、政府自身も測定することができない謎に満ちた(GDP成長率など)各種指標を適当に捏造し続けてはマネーを集めてきた。

 こうして信用を換金し続けてきた中国人は、中国製品をまったく信用できなくなった。「爆買い」という現象がなぜ起こっているのか。それは中国製品が信用を使い切ったから、海外製品を買うしかなくなったからである。爆買いは日本製品に対してだけ行われているのではない、中国より信用がある国のものならば、どこでもあり得る。爆買いという海外への消費移転は、中国製品が中国人に対する信用を使い切ったことの表れと理解するのが正しいと考えている。今後、中国製品が内需をけん引することはとても難しいだろう。中国政府や経済界はのんきにも高付加価値工業への改革を訴えているが、これは10年近く前の課題であり、今後はもうあまり意味をなさない。高付加価値製品を作れたところで(作れないがw)、中国製品を信用している人間は、中国人自身を含めて地球上のどの市場にもいなくなったので、売る先がないのである。これが信用の換金を終えたということである。

 あまりに多すぎる不正と詐欺は、中国人同士でもビジネスを進めることを躊躇する要因となり、ましてや海外のビジネスマンにとって、中国とのビジネスが本質的にリスクだらけであることはもはや常識となっている。中国人が儲け話や新しいビジネスプランを持ちかけてきても、話半分程度でも聞こうというお人好しなビジネスマンは少数派になっている。どうせ詐欺話ならばはじめから関わらない方が効率的だからである。コスト面での優位性が失われるや否や、中国投資にうまみはなくなったと認識されたのである。言い方を変えると、海外の投資家は中国人に期待することがないのである。

 金融は、信用の塊である。マネーが情報を基に凄まじいスピードで世界中を駆け巡る仕組みになっている現代では、情報が信用できないということは、無限に等しい投資リスクが存在することを意味する。幸いにして中国の資本市場は海外にはそれほど開かれていないから、こける時も一人でこけてくれる。株式売却の禁止という後先を考えない政策は、中国が金融センターとしてまったく不適格であることを明らかにした。金融面での信用はロクに換金する以前に破綻してしまった。中国の金融戦略のために最も大きなダメージを受けたのは香港である。自由な資本市場が確立されていた香港は、チャイナマネーと北京政府の前に衰退を余儀なくされた。上海が香港に取って代わることもなく、香港はまさに犬死にさせられたのである。

 今回のところは、「信用の換金」が中国の発展の大きな部分を占めていたことを述べておく。
次回はストックのフロー化についてまとめる予定である。



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